国際共同プロジェクトへの参加
アジア人における喫煙と全死亡および主要死因別死亡リスクについて
―100万人以上のアジア人を対象にした国際プール解析―
アジアのコホートを対象とした喫煙と全死亡および循環器疾患、呼吸器疾患、がんによる死亡リスクの関係の検証
がんをはじめとする生活習慣病の予防に関する疫学研究の大部分は欧米先進諸国から出されており、それらの知見が日本以外の東アジア諸国のがん予防にどの程度有効なのかは、必ずしも明らかにされてはいません。そこで、東アジア諸国に特有な危険因子と生活習慣病との関連について、既存の大規模コホート研究のプール解析を用いて定量的評価を行っています。
多くのアジア諸国において、過去数十年で男性の喫煙率は急激に上昇しました。たばこの流行はアジアにおいて初期段階にありますが、喫煙に起因する疾病罹患リスクは今後数十年にわたり上昇し続ける可能性が高いと考えられます。これまでに、いくつかの先行研究がアジア地域における喫煙と疾病罹患リスクを発表していますが、大多数が単独のコホート研究からの結果であり、大規模なプール解析を行った研究は現在まで行われていません。
この度、多目的コホート研究が参加した国際疫学研究プロジェクトの成果が専門誌に発表されました(PLoS Med. 2014年 11巻)。本研究では、バングラデシュ、インド、中国、日本、シンガポール、台湾、韓国の21のコホート研究(計1,049,929人)を対象にして、喫煙と全死亡および循環器疾患、呼吸器疾患、がんによる死亡リスクの関連をプール解析を用いて検証しました。
研究方法の概要
この研究では、アジアコホート連合(ACC)の枠組みを利用して情報収集を進めました。本研究は、2011年にACCの研究として発表された、アジア人におけるBMIと死亡リスクに関する国際プール解析で用いられたデータを使用しました。喫煙は「非喫煙」と「喫煙」に分けられ、「喫煙」のグループはさらに「過去喫煙」と「現在喫煙」に分類されました。「現在喫煙」グループは「0-9.9 pack-year」「10-10.99 pack-year」「20+ pack-year」に分けられ、「非喫煙」の区分を基準として、各区分の全死亡および循環器疾患、呼吸器疾患、がんによる死亡率の相対リスク(ハザード比)とその95%信頼区間が計算されました。さらに、全死亡および死因別死亡の原因のうち喫煙がどのくらいの割合を占めるかを表す指標として、人口寄与危険割合(PAR)を計算しました。
国 | コホート数 | 対象者数 |
インド | 2 | 223,997 |
バングラディシュ | 1 | 4572 |
中国 | 4 | 277,422 |
台湾 | 2 | 27,131 |
シンガポール | 1 | 57,714 |
日本 | 9 | 431,967 |
韓国 | 2 | 27,126 |
合計 | 21 |
1,049,929 |
喫煙と全死亡リスクとの関連
本研究の追跡期間中、合計123,975人の死亡が確認されました。コホート全体における喫煙率は、男性65.1%、女性7.1%でした。全コホートを統合したプール解析では、喫煙歴のある男性は非喫煙者の男性と比べ、1.44倍の全死亡リスクの上昇がみられました(図1)。また喫煙歴のある女性の全死亡リスクは、非喫煙者の女性と比べ1.48倍でした。このリスク上昇は、現在喫煙群よりも低いものの、過去喫煙群でもみられました。
図1:喫煙と全死亡リスク
喫煙と死因別死亡リスクとの関連
喫煙歴のある男性では、非喫煙者群と比べ循環器疾患、呼吸器疾患、がん全てにおいて統計学的に有意な死亡リスクの上昇がみられました(図2)。死因別では、喫煙による循環器疾患の死亡リスクは1.35倍、呼吸器疾患では1.53倍、がんでは1.75倍のリスク上昇がみられました。死因別では、東アジア人女性における喫煙と死亡リスクの間に正の関連がみられ、呼吸器疾患による死亡リスクは1.44倍、循環器疾患およびがんによる死亡リスクは1.59倍でした。東アジアにおける国別の循環器疾患、呼吸器疾患、がんによる死亡リスクでは、統計学的に有意な関連がみられないものもありましたが、これはアジア人女性による喫煙率の低さによるものだと考えられます。インド人女性及び南アジア人女性全体でも統計学的に有意な関連はみられませんでした。
図2:喫煙と死因別死亡リスク
部位別がんおよびその他の主要疾患による死亡リスクの分析では、全ての参加コホートにおいて喫煙と肺がんの間に最も顕著な関連がみられ、非喫煙者と比較した死亡リスクは男女ともに3〜4倍でした。東アジアでは、男女ともに冠動脈疾患、脳卒中、および慢性閉塞性肺疾患による死亡リスクの上昇がみられました。南アジアでは、冠動脈疾患と慢性閉塞性肺疾患による男性の死亡リスクが上昇していましたが、脳卒中との間に統計的に有意な関連はみられませんでした。南アジアでは、喫煙により結核の死亡リスク上昇がみられましたが、東アジアでは同様の関連はみられませんでした。
喫煙の人口寄与危険割合(PAR)
人口寄与危険割合の分析では、2004年の45歳以上の男性の全死亡の約15.8%が喫煙によるものでした。この割合は日本(27.7%)で最も高く、次いで韓国(26.9%)、シンガポール(24.8%)で高くみられました。45歳以上の女性では、全死亡の3.3%以下が喫煙によるものでした。
本研究では、欧米諸国の先行研究と同様に、喫煙による全死亡および循環器疾患、呼吸器疾患、がんによる死亡リスクの上昇がみられました。しかし、本研究で観察された死亡リスクの上昇は、欧米諸国の研究結果に比べ小さいことが明らかになりました。これは、アジア諸国における喫煙習慣が欧米諸国より数十年ほど遅く始まったことが一因であると考えられます。多くのアジア諸国で喫煙は未だ初期段階にあり、喫煙者の多くが遅い年齢で喫煙を始め、喫煙本数も多くはありません。本研究では、累積喫煙量を示す喫煙指数(pack-years)と全死亡および循環器疾患、呼吸器疾患、がんによる死亡の間に用量反応関係がみとめられました。すなわち、喫煙量が増えるほど、死亡リスクが上昇することが明らかになりました。したがって、今後アジア諸国においてたばこ製品が蔓延し、効果的なたばこ規制がなされなければ、喫煙関連疾患の死亡リスクも欧米諸国のように上昇すると考えられます。世界保健機関(WHO)による「たばこの規制に関する世界保健機関枠組条約」発効を受け、世界規模での対応が求められるようになりました。アジアにおける疾病負荷軽減のため、包括的なたばこ規制の早急な実施が必要であると考えられます。
この研究では、女性の喫煙率が低いことから症例数が十分ではなく、複数の分析を行うことができませんでした。また、受動喫煙や無煙たばこに関する情報が不十分であったため、これらの影響を考慮した分析ができなかった点についてご留意ください。