日本人におけるがんの原因の寄与度推計(JAPAN PAF プロジェクト)
喫煙に起因するがんの割合
研究の背景
喫煙は、がんを含む非感染性疾患の最大の要因です。世界では、年間182万人、受動喫煙により年間12.5万人が、喫煙関連がんで亡くなっていると推計されています。日本人の喫煙者は、特に男性では10年にわたって減少しており、喫煙によるがんの罹患と死亡への寄与度は大きく変化している可能性があります。
今回の研究では、2015年における能動喫煙と受動喫煙によるがんの罹患と死亡の人口寄与割合(PAF:Population Attributable Fraction,ここでは、喫煙が無かった場合、がんの罹患や死亡が何%防げたかを表す数値)を推計しました。(GHM Open. 2021; 1(2):43-50. )
研究方法の概要
本研究では、厚生労働省の「喫煙と健康 喫煙の健康影響に関する検討会報告書(通称:たばこ白書)2016」により、喫煙と因果関係があると評価され、相対リスク値が利用可能ながん(口腔・咽頭、食道、胃、結腸、直腸、肝臓、膵臓、鼻腔・副鼻腔、喉頭、肺、子宮頸部、腎臓、腎盂・尿管、膀胱、急性骨髄性白血病)を対象とし、それぞれの人口寄与割合を推計しました。受動喫煙に関しては、非喫煙者における肺がんを対象としました。さらに、部位ごとの人口寄与割合を足し上げ、要因同士のオーバーラップの影響を補正し、がん全体における喫煙の人口寄与割合を算出しました。
人口寄与割合の推計に必要な喫煙状況は、推計年の10年前の2005年の国民健康・栄養調査を、受動喫煙状況については、2004年-2005年の全国横断調査の値を使用しています。2015年のがん罹患は、全国がん罹患モニタリング集計を用いて推計し、がん死亡は、人口動態統計を用いました。相対リスク推計値は、日本人やアジア人を対象としたメタ解析やプール解析から引用しました。
喫煙は、男性の肺がん・食道がんの罹患に50%以上寄与している
能動喫煙の人口寄与割合は、2015年のがん全体の罹患の15.2%(男性23.6%、女性4.0%)でした。主要な部位では、肺がんは男性61.7%、女性20.9%、食道がんは男性57.5%、女性20.4%が喫煙に起因する罹患と推計されました。がん全体の死亡のうち、喫煙による人口寄与割合は、19.6%(男性29.8%、女性4.7%)でした。肺がんの死亡は、男性では60.9%、女性では18.3%が喫煙に起因する可能性があります。これらの結果に基づくと、2015年には145,765人のがん罹患と72,520人のがん死亡が能動喫煙によって生じたと推計されました。
能動喫煙の人口寄与割合は、女性より男性で大きくなっていました。これは、女性より男性で喫煙率が高いためです。全体としては、今回の研究で推計された人口寄与割合は、以前報告された2005年における人口寄与割合より29.7%から23.6%とわずかに小さくなっていました。主な要因として、日本における喫煙者が減少したことによるものと考えられます。
図1. 日本における能動喫煙に起因するがん罹患の人口寄与割合(%)(2015)
図2. 日本における能動喫煙に起因するがん死亡の人口寄与割合(%)(2015)
受動喫煙については、日本では年間4,579例(3.7%)の肺がん罹患と2,667例(3.6%)の肺がん死亡が受動喫煙に起因していると推計されました。能動喫煙とは異なり、男性よりも女性で 受動喫煙の人口寄与割合が大きくなっていました(肺がん罹患で 男性1.3% 女性 8.7%、死亡で 男性1.4% 女性 9.1%)。
表. 日本における受動喫煙に起因するがん罹患および死亡の人口寄与割合(%)
この研究の限界
この研究では、いくつかの限界があります。1)相対リスクを引用したいくつかの解析では、交絡因子の調整が十分ではありませんでした。特に肝がんの相対リスクは、肝がんのリスクを増加させるといわれているB型肝炎ウイルス、C型肝炎ウイルスの感染の有無を考慮できていないため、慎重に解釈する必要があります。また、受動喫煙への曝露による人口寄与割合を算出する際に使用した相対リスクの一部は、国内ではなくアメリカで報告されたメタ・アナリシスに基づいていました。2)今回は、喫煙と因果関係のあるがんとされているがんのみを評価しました。しかし、他にも喫煙と関連している可能性のあるがんもあるため、将来的に科学的エビデンスの蓄積により人口寄与割合が増加する可能性があります。3)今回の研究では、曝露からがん罹患までの期間を10年としています。最近の多くの論文では、この期間を同様に10年と仮定し人口寄与割合を推計していますが、がんによってその期間は異なることが予想され結果として誤差が生じている可能性があります。
まとめ
日本では、2015年において145,765人のがん罹患(がん全体の15.2%)、72,520人のがん死亡(がん全体の19.6%)が喫煙に起因しており、喫煙していなければ防げたであろうことが示唆されました。特に、肺がん、食道がんの罹患と死亡では喫煙が50%前後関与していました。また、受動喫煙は、がん罹患の0.5%、がん死亡の0.7%に関連していました。今回の研究により、日本において喫煙は、依然としてがんの大きな要因であることが再確認されました。