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サンパウロ日系人研究

サンパウロ在住日系人のライフスタイル

無作為抽出した日系人

目的

死亡やがん罹患統計を用いた研究結果からサンパウロ在住の日系人が日本在住者や米国日系人と異なることが明らかになりました。そこでこのような疾病構造の変化がどのような要因によってもたらされたのかを明らかにする目的でサンパウロ在住日系人のライフスタイルと健康についての調査を行いました。

方法

ブラジル日系人口調査の資料に基づき 無作為抽出された日系人の中で、40〜69歳の日系一世及び両親共に日系人である二世全員( 411名)を対象者としました。1989年の8月9月に調査を行いました。ライフスタイル(移住歴、家族構成、病歴、喫煙・飲酒習慣、食生活など)に関する面接質問調査と血液・尿などの生体成分の採取を含む健康診断を行い、日本での同様の調査の研究(胃ガンのエコロジカル研究)の結果と比較しました。ブラジルの公用語であるポルトガル語と日本語の2カ国語の調査票を準備しました。季節は、冬に当たる8月と9月に行いました。これは、日本の調査が行われた1−3月に相応する季節です。採取した血液は、血球・血清・血漿・リンパ球層に分離し、超低温で分析まで保存しました。

研究成果

論文1,3-8) (観察された知見は普通の白文字で記されています。太字斜体の黄文字で記されているのは得られた知見からの考察です。)

社会的背景
  •  40歳代男性の婚姻率は81%で、日本の5地域のデータと比較すると、東京都葛飾北の79%とほぼ同様の数値でした。ブラジルというよりもサンパウロという都市的性格を反映した結果と考えられます。
  •  教育レベルについては一世が3分の2を占める60歳代においては、12年以上の教育を受けている者の割合が0%であるのに反して、殆どが二世で占められる 40歳代においては、その割合は男性で53%、女性でも26%でした。日本の40歳代男性の短大・大学卒業率が、大都市の東京都葛飾北で28%、教育県といわれる長野県佐久で26%、その他3地域で約17%でした。サンパウロの一世達がいかに子弟に対する教育を重視したかを、このデータから伺い知ることが出来ます。
  •  職業については、40歳代男性の約3分の1が、専門的・技術的・管理的職業に就いているのに対し、60歳代男性の半数が商売関連の仕事に従事していました。
喫煙と飲酒
  •  喫煙率は男女共に、年齢が高くなるに従って低下する傾向が見られますが、禁煙する者の割合が多くなるからだけではなく、50歳代においては、喫煙歴のない者の占める比率が高いという特色もありました。また、禁煙者の割合も、日本が18%〜23%であるのに対し、サンパウロは34%でした。サンパウロ日系人の高い教育レベルを考慮に入れる必要はありますが、日本が世界的な禁煙傾向からいかに遅れをとっているかがわかります。欧米などの女性が社会に進出している都市においては、女性の喫煙率は男性のそれに近い値をとることが指摘されていますが、日本では特に地方において、男女の喫煙率に大きな差があること、即ち、女性の喫煙率が極端に低い事が特徴でした。サンパウロ日系人において、日本の地方と同様の男女の開きが認められたことは、興味深い結果でした。サンパウロ市の日系人女性が、都市部に在住しながら、保守的な態度を示していることを示唆するものとも考えています。
  •  飲酒率については、非飲酒者(月1日未満)の割合が年齢と共に高くなる傾向が見られました。女性については、日本の調査が無作為抽出した男性の配偶者であるために、正確な比較には適切ではありませんが、大都市の東京葛飾北で突出していた喫煙率(20%)と週5日以上の飲酒率(18%)に比べても低値で、地方の4地域と同様な低い喫煙・飲酒率でした。
食生活
  •  一般的に殆どの者が、昼食も夕食も家庭でほぼ毎日とる傾向にありました。日本の5地域の40歳代男性は、夕食を家庭で毎日とる者の割合は、地方の4地域でも 80〜90%であり、大都市の東京葛飾北では68%に過ぎず、サンパウロ日系人がいかに家庭で食事をするかがわかりました。
  •  食品別の摂取頻度を年齢別に見て特徴的なのは、味噌汁・漬物という日本食を代表する食品をほぼ毎日摂取している者の割合が、特に男性において年齢と共に明かに上昇していくことでした。
  •  日本のいずれの地域よりも高い頻度で食べられている食品は、コーヒー、砂糖、パン、果汁、牛肉、大豆以外の豆類(多くはフェジョンと思われる)、牛乳・乳製品、チーズなどでした。いずれもブラジルの食生活において典型的な食品で、ブラジルの食文化を導入した結果と思われます。
  •  日本の食文化を代表する味噌汁を最も低い40歳代男性で15%、最も高い60歳代男性で49%ものサンパウロ日系人が、毎日食していました。ハワイの日系人について1960年代後半に調べられたデータでは、45歳から69歳の男性でわずか2%の者が味噌汁を毎日食しているにすぎず、いかにサンパウロの日系人が、ハワイの日系人に比して、日本の食生活を維持しているかを知る事が出来ます。 また、私たちが行った、ボリビアの農村部の集団移住地における食生活調査の結果(平均年齢が約55歳の一世)との比較を試みると、味噌汁を毎日食する者の割合は、沖縄出身者で構成される移住地が男性83%、女性 87%、本土出身者で構成される移住地が男性64%、女性53%であり、ほぼ日本と同レベルの高さです。これら味噌汁の摂取頻度のデータから推察すると、移住先国における日本食文化からの離脱の程度は、ハワイ日系人、サンパウロ日系人、ボリビア日系人の順に強く行われたと解釈できます。
健康
  •  サンパウロは沖縄石川程ではありませんが、身長が他地域に比べて低い割には体重が重い、即ち、肥満傾向にありました。沖縄の人が、身長が低く体重が重いということは、日本国内のみならず、ボリビアの移民、サンパウロでの県人会単位での調査においても認められました。一般に肥満の原因は、高カロリー摂取と低運動と考えられていますが、後述する血液のデータや食生活調査の結果から推察するに、高脂肪摂取に由来する高カロリーの食生活に起因するものと思われます。
  •  血圧の平均値を日本の5地域と比較すると日本の5地域のなかでは沖縄石川が収縮期および拡張期共に高い値を示していましたが、それ以上にサンパウロの日系人は高値を示しました。サンパウロ日系人での血圧高値については、一つには肥満が関与しているものと思われますが、同様に肥満傾向にある沖縄石川と比べても高値であることから、肥満に加え何らかの要因が加わった結果と推察されます。
  •  サンパウロ日系人のコレステロールと尿酸の平均値は、突出して高い値を示し、日本の各地域との間に有意な差異を認めました。血液中のコレステロールは脂肪の摂取量に、また、尿酸は主として肉の赤身などに由来することから、サンパウロの日系人が肉を始めとした動物性脂肪を多く食べることの表れと思われます。
  •  米国の日系人と比較すると、サンパウロ日系人の血中コレステロール値は、約20年前の米国日系人程高くありませんでした。サンパウロの日系人が米国日系人と比べると、脂肪の少ない日本的食生活を維持している断面を見ることができます。先に示した、サンパウロ日系人の脂肪摂取に起因すると考えられている前立腺や乳房のがんの罹患率変化が、米国日系人程は大きくないことにつながる現象と考えます。

県人会所属の日系人

目的

ライフスタイルに出身県の影響が観察されるのかを目的として調査を行いました。

方法

対象とした県人会は、日本の調査地域と同じである岩手県、秋田県、沖縄県に加えて、ボリビアの日系人にその出身者が多い長崎県を選びました。
各県人会に属する40歳から59歳の男性を対象として、県人会の事務所を調査会場に、無作為抽出した対象者への調査と同一の内容の調査を実施しました。
さらに、本調査においては、食塩摂取を定量的に測定する目的で、一日に排出された尿の採取を一部の調査参加者へ依頼しました。調査参加者は沖縄県人会51名、他県人会54名(岩手17,秋田15,長崎22)の参加を得ました。

研究成果

論文2) (観察された知見は普通の黒文字で記されています。太字斜体の黄文字で記されているのは得られた知見からの考察です。)

  •  40〜 59歳の、沖縄県人会員についてその他県人会員の食生活の比較で、顕著な差が認められたのは、漬物・味噌汁・魚の摂取頻度の低さでした。漬物や味噌汁などの摂取の低さと関連し、沖縄県人会員の食塩摂取量は低いことが、一日尿中に排出された食塩の量とナトリウムイオンとカリウムイオンの比から確認されました。この現象は日本でも同様で、沖縄石川の食塩排出量が8gであるのに対し、岩手二戸が10g、秋田横手が13gという結果と平行関係にありました。サンパウロの日系人が、母県の食生活をも強く保持している様子を伺い知ることが出来ました。
  •  無作為抽出した日系人と比べると県人会に所属する者は、味噌汁、漬物、緑茶、大豆製品、豚肉、青身の魚などの日本的な食品の摂取頻度が高く、逆に、パン、その他の豆類などのブラジル的な食品の摂取頻度が低い傾向にありました。県人会に所属する日系人は、かなり日本的な生活を維持している偏った集団と思われ、サンパウロの日系人を代表させるには適切ではないことを示唆します。

食事調査

目的

サンパウロ市在住日系人の食品栄養摂取量を明らかにして、同様の手法で行われた日本の5地域での調査結果と比較しガンの罹患率との関連を考察することを目的とします。

方法

1989年に行った無作為抽出された日系人対象者40〜69才のうち回答を得た人251名(1世90名、2世161名)に対し1995年8月〜9月にかけて3日間の24時間思い出し法による食事調査を行いました。166名(男性77名、女性89名)から回答を得ました。

研究成果

論文9) (観察された知見は普通の黒文字で記されています。太字斜体の黄文字で記されているのは得られた知見からの考察です。)

 * 日本在住の日本人と比較してサンパウロ在住の日系人の食事に以下の傾向が見られました。

  1. 果物、緑の野菜の摂取量が増加していました。これはがん総数、肺がん、食道がんの死亡率及び罹患率の減少と脂肪の摂取が増加したのにも関わらず大腸がんの増加傾向が認められない理由の可能性があります。
  2. 脂肪摂取量が増加していました。これは前立腺がん、乳がんの死亡率及び罹患率の増加に寄与している可能性があります。
  3. 喫煙本数、飲酒量とも減少していました。これは がん総数、肺がん、食道がんの死亡率及び罹患率の減少に寄与している可能性があります。

no 記事 外部リンク
9 Cardoso MA, Hamada GS, de Souza JM, Tsugane S, Tokudome S. Dietary patterns in Japanese migrants to southeastern Brazil and their descendants. J Epidemiol. 1997; 7(4): 198-204.
8 津金昌一郎. ライフスタイルと健康 ?サンパウロ在住者との比較を通して. In: 柳田利夫(編): リマの日系人. 明石書店(東京). 1997; : pp 195-213.
7 Tsugane S. Cancer Patterns and Lifestyle Among Japanese Brazilian in S?o Paulo. J Epidemiol. 1996; 6(4sup): 169-173.
6 Tsugane S, Hamada GS, Karita K, Tsubono Y, Laurenti R. Cancer Patterns And Lifestyle Among Japanese Immigrants And Their Descendants In The City Of S?o Paulo, Brazil. Gann Monogr Cancer Res. 1996; 44: 43-50.
5 津金昌一郎. サンパウロ在住日系人のライフスタイルと健康. In: 柳田利夫(編): アメリカの日系人 : 都市・社会・生活. 同文舘出版(東京). 1995; : pp 119-152.
4 Tsugane S, Brentani R, Hamda G, Saikawa M, Yoshizumi T, Kowalski L, Sugimura H, Mukai K, Shao G, Younes R, Kubota K, Nishimura M, Kodama T, Sekine I, Ebihara S. The second Brazil-Japan Cancer Meeting. Acta Oncol Bras. 1995; 15: 61-66.
3 Tsugane S, Hamadal GS, Souza JMd, Gotlieb SLD, Takashima Y, Todoriki H, Kabuto M, Karita K, Yamaguchi M, Watanabe S, Laurenti R. Lifestyle and Health Related Factors Among Randomly Selected Japanese Residents in the City of S?o Paulo, Brazil, and their Comparisons with Japanese in Japan. J Epidemiol. 1994; 4(1): 37-46.
2 津金昌一郎. 南米日系移民を対象とした衛生学的研究. 日本衛生学雑誌. 1992; 47(4): 775-784.
1 津金昌一郎, 浜田ジェルソン重彬, 渡辺昌. 日常生活とがん予防 地域差からのアプローチ サンパウロ在住日系人のがんとライフスタイル. 癌の臨床. 1991; 37(3): 301-305.
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