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内分泌かく乱化学物質の健康影響に関する研究

前立腺がん

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要旨

内分泌かく乱化学物質(ダイオキシンを除く)と前立腺がんに関する疫学研究の現状について文献的考察を行った。米国立医学図書館の医学文献データベースPubMedを利用して選択した文献は2000年12月31日までに13件で、コホート研究7件、症例対照研究3件、エコロジカル研究3件であった。2001年1月1日以降はコホート研究3件、コホート内症例対照研究3件、症例対照研究3件、エコロジカル研究2件が報告されていた。日本人を対象とした研究は1件もなかった。文献的に検討した結果、アトラジンとの関連は2つのコホート研究の結果が一致しておらず、関連性について判断できなかった。有機塩素系化合物と前立腺がんとの関連に関する疫学研究が報告されていたが、数は少なく両者の因果関係を現時点で評価することは不可能であった。農薬暴露による前立腺がんリスクの増加が示唆されたが、有機塩素系農薬など特定の物質に関しての評価は不可能であった。有機塩素系化合物以外の内分泌かく乱化学物質と前立腺がんの関連に関する研究もきわめて乏しく、内分泌かく乱科学物質と前立腺がんに関する疫学研究の必要がある。

研究目的

有機塩素系化合物などの化学物質にはエストロゲン受容体、アンドロゲン受容体に親和性が認められるため、これらの物質の暴露と内分泌関連がんとの関連が注目されてきた。動物実験ではラットでテストステロンによる前立腺がんの発生が報告されている。これら化学物質と前立腺がんに関する疫学研究の現状を把握する目的で、文献レビューを行った。

研究方法

米国立医学図書館の医学文献データベースPubMed(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/sites/entrez)を用いて、(Prostatic Neoplasms) AND (Insecticides OR Pesticides OR Chlorinated Hydrocarbons OR PCBs OR Bisphenol OR Phenol OR Phthalate OR Styrene OR Furan OR Organotin OR Diethylstilbestrol OR Ethinyl Estradiol) AND (human)のキーワードで、2004年10月31日までの文献を検索した。候補文献1347件の中から、人集団を対象とする疫学研究の原著論文を選択した。さらに必要に応じて、これらの原著論文や、他の総説論文を参考にして論文を選択した。

研究結果

1.有機塩素系化合物

有機塩素系化合物について前立腺がんとの関連を検討した研究は、2000年12月31日まではクロロフェノキシ除草剤に関する2件のみであったが、2001年1月1日から2004年10月31日までの間に新たに8件の報告があった(ただし、同じ研究調査対象者での重複あり)。

(1)コホート研究

Saracciら(1991)による10ヶ国約18000人のコホートを利用した後ろ向きコホート研究では、2,4-Tなどのクロロフェノキシ除草剤暴露者で有意なSMRの上昇はみられなかった(SMR:111, 95%CI: 75-158)。

McLennanら(2002)による米国ルイジアナ州のアトラジンおよびトリアジン系除草剤製造工場従業員2045名の後ろ向きコホート研究では、現在従事者で有意なSIRの上昇がみられた(SIR: 300, 95%CI: 110-652)。

Alavanjaら(2003)による米国ノースカロライナ州およびアイオワ州のAHS(農業健康調査)における男性農薬散布者55332名のコホート研究では、アトラジンを含めて有機塩素系化合物暴露による有意なSIRの上昇はみられなかった。

Rusieckiら(20043)によるAHS(農業健康調査)における男性農薬散布者55942名のコホート研究では、アトラジン暴露による有意なSIRの上昇はみられなかった。

(2)コホート内症例対照研究

Charlesら(2003)による米国の5つの電気事業会社の従業員のコホート内症例対照研究では、PCB暴露(2128時間以上)によるリスクの上昇はみられなかった(OR:1.47, 95%CI: 0.97-2.24)。

Millsら(2003)による米国カリフォルニア州の農業労働組合員のコホート内症例対照研究では、Heptachlor暴露(OR: 2.37, 95%CI: 1.22-4.61)とLindane暴露(OR: 2.01, 95%CI: 1.12-3.60)でリスクの上昇がみられた。量反応関係もみられた。他の有機塩素系化合物暴露による有意なORの上昇はみられなかった。

Hesselら(2004)による米国ルイジナアナのアトラジン製造工場のコホート内症例対照研究では、PSAテストを1回以上受けた者では、暴露によるORの上昇はみられなかった。

(3)症例対照研究

Settimiら(2001)によるイタリアの5カ所の農村地域での病院ベースの研究では、有機塩素系農薬暴露(OR: 2.5, 95%CI: 1.4-4.2)、DDT暴露(OR: 2.1, 95%CI: 1.4-4.2)、Dicofol+Tetradifon暴露(OR: 2.1, 95%CI: 1.2-3.8)でORの上昇がみられた。

Ritchieら(2003)による米国アイオワでの病院ベースの症例対照研究では、PCB、DDEなどの有機塩素系化合物の暴露によるORの上昇はみられなかった。

(4)横断面研究(エコロジカル研究を含む)

Schreinemacherら(1999)のエコロジカル研究ではクロロフェノキシ除草剤を使用する小麦の作付け面積が大きい地域で有意なSRRの上昇がみられている(SRR: 1.24, 95%CI: 1.14-1.36)。

2.Diethylstilbestrol

Diethylstilbestrol (DES)暴露と前立腺がんとの関連についての文献はなかった。

3.農薬暴露者、農業従事者

農薬の種類を特定しない農薬暴露、あるいは職業としての農業と前立腺がんに関する疫学研究の文献は2000年12月31日までは11件(コホート研究6件、症例対照研究3件)であった。2001年1月1日から2004年10月31日までの間に新たにコホート研究1件、症例対照研究2件、横断面研究2件、メタ分析2件の報告があった。

(1)コホート研究

Morrisonら(1993)のカナダでの農場経営者約14万人を対象とした後ろ向きコホート研究では除草剤を散布する者の死亡率比は1.19 (95%CI: 0.98-1.45)であった。

Dichら(1998)のスウェーデンでの農薬散布者約2万人を対象とした後ろ向きコホート研究ではSIRは1.13(95%CI: 1.02-1.24)であった。この研究の農薬は主にDDT、lindaneなどであると記載されている。

Flemingら(1999)の米国での農場経営者約3.3万人を対象とした前向きコホート研究ではSIRは2.48(95%CI: 1.57-3.72)であった。

Sharma-Wagnerら(2000)はスウェーデンのがん環境登録(Cancer-Environment Resistry)を利用して同国の産業および職業別のSIRを求めている。その結果、前立腺がんのSIRは、農業および家畜育成業では1.07(95%CI: 1.02-1.08)、農夫・森林官・庭師では1.07(95%CI: 1.04-1.10)といずれも小さいが有意な増加がであったと報告されている。

Alavanjaら(2003)による米国ノースカロライナ州およびアイオワ州のAHS(農業健康調査)における男性農薬散布者55332名のコホート研究では、農薬散布者のSIRの上昇がみられた(SIR: 1.14, 95%CI: 1.05-1.24)。

(2)症例対照研究

van der Guldenら(1995)のオランダでの研究では、農薬使用で有意なリスクの増加はみられていない(OR: 1.47)。

Krstevら(1998)の米国での研究では農夫で有意なリスクの上昇がみられている(OR: 2.17)。

Settimivら(2001)によるイタリアの5カ所の農村地域での病院ベースでの研究では、農業従事(OR: 1.4, 95%CI: 1.0-2.1)と農薬使用(OR: 1.7, 95%CI: 1.2-2.6)で有意なリスクの上昇がみられている。Settimiら(2003)による別の報告では、農業従事のORは1.4 (95%CI: 0.9-2.0)となっている。

このような農業あるいは農薬使用と前立腺がんに関する研究では農薬の種類や暴露量、他の暴露物質などについては詳しくは調べられていないものがほとんどである。

(3)横断面研究(エコロジカル研究を含む)

Wilkinsonら(1997)が英国の農薬工場の周辺の住民のO/E比が有意に高いことを報告している(1.10, 95%CI: 1.02-1.18)。

Koifmanら(2002)は、ブラジルの11州について、1985年の農薬販売量と1996-1998年の前立腺がん死亡率の相関をみたが、関連はなかった(r=0.67, 95%CI: -0.20-0.83)。

ただし、いずれも暴露物質や暴露の程度ははっきりしていない。

(4)メタ分析

Van Maele-Fabryら(2003)は、農業従事者に関する22の研究(コホート研究11、PMR研究4、症例対照研究7)の25の推定値を利用して、農業従事者のmeta-rate ratio推定値を算出したところ、1.13 (1.04-1.22)と有意にリスクの上昇がみられた。

4. その他の物質

有機塩素系農薬類以外については、Schreinemacherら(1999)が米国において、都市・森林地区と比較してethylenebisdithiocarbamatesなどの除草剤の使用が多い農業地域のSRRが有意に高いことを報告している(1.12, 95%CI: 1.00-1.26)。ただし、暴露物質や暴露状況ははっきりしていない。

Janssensら(2001)は、ベルギーの地方自治体589カ所について、1998年の作物栽培および殺虫剤使用量と1985-1994年の死亡率統計の相関をみたところ、枯草剤使用量と死亡率(P=0.01)、成長調整剤使用量と死亡率(P=0.02)に関連がみられた。他の種類の殺虫剤については、関連はなかった。

アルキルフェノール類、ビスフェノールAなどについての報告はなかった。

考察

有機塩素系化合物についての研究については、2001年1月1日以降に報告がみられた。アトラジンについては、農業従事者のコホート研究でリスクの上昇がみられていない。工場労働者についてのコホート研究ではリスクの上昇が観察されたが、その後、PSAテスト受診を考慮すると有意なリスクの上昇はみられていない。PCBについては、コホート内症例対照研究と症例対照研究で有意なリスクの上昇はみられていない。コホート内症例対照研究と症例対照研究でHeptachlor、Lindane、DDEなどの有意なリスクの上昇がみられているが、報告は少なく、暴露との関連は判断できない。残留有機塩素系化合物について物質を特定した研究の必要性がある。

農業や農薬暴露と前立腺がんの関連に関しては、2000年12月31日以前の文献では、5つの前向きコホート研究(2つの文献は同じコホート)のうち、3つで有意なリスクの上昇、1つの研究では95%信頼区間下限がほとんど1.00、残りの1つの研究では統計的な解析が行われていなかった。SIRの大きさは、およそ1.1-2.5程度と大きくはないが、農薬散布者では一貫してリスクの上昇が観察されている。2001年1月1日以降の文献でも、症例対照研究が1件(文献は2つ)あり、同様の結果であった。ただし、農薬の種類などは不明であり、暴露評価も不明な点が多い。Keller-Byrneら(1997)の農業と前立腺がんに関する研究のメタ分析では、24の研究から評価した相対危険度は1.12(95%CI: 1.01-1.24)、13の後ろ向き研究を総合すると1.29(1.10-1.51)、11のSMRを報告している研究を総合すると0.93(0.77-1.11)と報告されている。Van Maele-Fabryらによるメタ分析の結果も同様であった。農業従事者における暴露は農薬散布者における暴露よりも小さいことが考えられるため、これらの結果を考慮すると、農薬を暴露する職種のリスクは小さいが上昇している可能性が高い。ただし、他の要因の関与も否定できず、特定の農薬についてのリスクも判断できない。

また、有機塩素系化合物以外の物質についての報告はなかったが、そのような物質の中にはビスフェノールAなどのようにアンドロゲン様の作用を持つものもあり、前立腺がんリスクとの関連の評価が必要である。

子宮内でのDES暴露と前立腺がんに関する文献は1件もなかった。DES暴露とがん罹患について男児を追跡した研究は精巣がんについてはあるが、前立腺がんについては発症年令が高いために報告されていないことも考えられた。

以上のように、内分泌かく乱化学物質と前立腺がんとの関連についての疫学研究の知見は増えているが、結果は一致しておらず、因果関係を評価することは不可能であった。また、日本人での研究はなかった。今後、化学物質と前立腺がんとの関連についてわが国でも研究を行う必要がある。

結論

内分泌かく乱化学物質と前立腺がんについての疫学研究を2004年10月31日までレビューしたところ、アトラジンとの関連は2つのコホート研究の結果が一致しておらず、関連性について判断できなかった。有機塩素系化合物と前立腺がんとの関連に関する疫学研究が報告されていたが、数は少なく両者の因果関係を現時点で評価することは不可能であった。有機塩素系化合物以外の化学物質についての報告はなかった。また、日本人での研究はなかった。この点について信頼性の高い研究デザインを用いた研究の必要性が示唆された。

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