内分泌かく乱化学物質の健康影響に関する研究
小児神経発達への影響
要旨
内分泌かく乱化学物質と小児神経発達に関する疫学研究の現状について文献的考察を行った。米国立医学図書館の医学文献データベースPubMedを利用して選択した文献は,2000年12月31日までに22件,そのうち日本人を対象とした研究は油症に関する1件のみであった.2001年1月1日から2004年10月31日までの文献は17件で,コホート研究が14件,断面研究が1件,症例対照研究が1件,地域相関研究が1件であったが、日本人を対象とした研究はなかった. 海外の文献では出生前のPCB・ダイオキシン暴露は乳児期および幼児期の神経発達へ影響を及ぼしているとする研究が多かった。しかし学齢期に達すると、母乳中の栄養、母乳保育による知的な刺激、良好な家庭環境がその影響を修飾している可能性もあることが示唆された。農薬などの化学物質による出生前暴露も児の身体発育や神経発達,認知機能に対して負の影響を及ぼしていることが示唆された。しかし,測定された暴露濃度や神経発達の指標、双方ともに測定時期や方法が多様であるため,明確な用量反応関係や因果関係は評価することはできなかった。今後は、我が国でも、神経発達への影響を総合的に検討できる前向きの研究デザインで、胎児期から学齢期まで長期的に追跡し、PCB・ダイオキシン類との関連のみならず児の神経発達に影響を与える可能性のある様々な環境化学物質や、児を取り巻く生活環境要因について考慮してリスク評価を行う必要がある.
研究目的
PCB、ダイオキシン等の有機塩素系化合物は脳血液関門の未成熟な胎児期から乳児期の脳神経発達に影響を及ぼすことが示唆されている.それにより,児の認知、運動、行動面への影響が考えられ、ひいては注意欠陥多動症(AD/HD)や学習障害(LD)の発症を増加させている可能性も指摘されているが,未だ因果関係は明らかでない。そこで, PCB等の有機塩素系化合物をはじめ種々の化学物質と小児神経発達の影響に関する疫学研究の現状を把握する目的で、文献レビューを行った。
研究方法
米国立医学図書館の医学文献データベースPubMed (http://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/query.fcgi)をもちいて検索を行った.child AND (behavior OR development OR neurology) AND (insecticides OR pesticides OR chlorinated hydrocarbons OR pcbs OR phenol OR phthalate OR styrene OR furan OR organotin OR diethylstilbestrol OR ethinyl estradiol) AND (human)のキーワードで,2004年10月31日までの期間に出版された文献を検索した.さらに必要に応じて、これらの原著論文や、他の総説論文を参考にして論文を選択した。
研究結果
1.有機塩素系化合物
有機塩素系化合物と小児神経発達との関連を検討した研究は、2000年12月31日までは22件であったが、2001年1月1日から2004年10月31日までの間に新たに14件の報告があった。14件のうち以前に報告された研究の年長児での追跡調査が11件、新たにコホートを立ち上げた国・地域における報告が3件であった。
(1)コホート研究
コホート研究では、対象は①事故による高濃度暴露集団および汚染地域、②湖などで蓄積暴露した魚を摂取した妊婦集団、③一般人口集団の妊婦の児の大きく3種類に分けられる。
①高濃度暴露集団および汚染地域
1968年に九州を中心に起こった油症で、Haradaら(1976)は、7年間に13人の患児において感情表出の欠落、筋緊張の低下、知能指数の低下が認められたと報告している。
1978~79に起こった台湾油症研究では、Roganら(1988)、Chenら(1992、1994)は油症患者の母親から生まれた児について2歳から12歳まで追跡調査し、その結果、成長遅延、運動機能の発達遅延、認知機能の低下がみられたと報告している。Laiら(2001)は追跡調査として、2歳から12歳のYucheng児(暴露群)118名と地域が一致する対照群118例について検討し、PCBとそれらの誘導体の出生前暴露は、人における認知発達に対して長期的に有害な作用を及ぼすことが示唆された。さらにLaiら(2002)は、同じ対象に対しウエスクラー知能検査および,CBCL(Achenbach の行動チェックリスト)とRutterの小児行動尺度Aを用い児の行動評価を行った。その結果、暴露群は対照群に比べIQが3ポイント低く(p=.05),CBCLが3ポイント高かった(p=.002)。Rutterの行動尺度も暴露群で6ポイント高かった(p<.001)。影響の性差はなかった.暴露による影響が年齢につれて回復するか否かについて検討したが、Rutterの行動尺度のみ有意に回復し暴露による差が認められなくなった。すなわちPCB出生前暴露は持続的な認知および行動の問題を誘発するが、加齢により回復が一部認められたと報告している。
スペイン・電気化学工場近隣に住む92名の母子を対象に、Ribas-Fito Nら(2003)は、1997年~1999年に1歳児の神経発達と有機塩素化合物(OCs)および母乳養育との関連を調査した。神経発達評価は13ヶ月でBSID-Ⅱ(ベイリースケール)とGriffuths Scalesを実施し、暴露評価はHCB(ヘキサクロロベンゼン),p,p'DDE,(ジクロロ・ジフェニル・ジクロロ・エチレン)PCBs(28,52,101,118,138,153)を臍帯血の血清より測定した。その結果、p,p'DDE の出生前暴露は13ヶ月における精神発達,運動発達の遅れと関連があった。HCBでは関連がなかった。またp,p'DDE 濃度が比較的高く、母乳期間の短い乳児では、精神、運動発達の得点が低かった。従って長期間の母乳養育は化学物質暴露による負の影響にむしろ拮抗し、影響を緩和する可能性があると報告している。
②湖などで蓄積暴露した魚を摂取した妊婦集団での児の調査
米国の五大湖オンタリオ湖やミシガン湖周辺で、PCB類が食物連鎖で蓄積された魚を摂取する妊婦を対象とした研究が行われた。Feinら(1984)により出生時の体重、頭囲等への影響に始まり、Jacobsonら(1985,1990,1996)は5ヶ月から11歳までの神経発達について、出生前PCB暴露および母乳期間との関連を調査した。Jacobsonら(2002)は,4歳、及び11歳時に認知発達の評価を行い,出生前PCB暴露の影響について、母乳期間,母親のIQ,HOME(家庭養育環境評価),性差を交絡調整因子として検討した.その結果,母乳期間6週未満(56例)と6週以上(122例)の比較では,6週未満群でのみ各年齢とも認知発達と出生前PCB暴露に有意な関連性が認められた.一方,機能検査の中でmental rotation(心的回転)の処理速度は母乳が6週以上の群においてのみ出生前PCB暴露との関連性が見られた.また出生前PCB暴露と認知発達について,得点が低くなるパターンに性別による明らかな相違は認められなかった.さらにJacobsonら(2003)は、出生前PCB暴露と学齢での注意機能について4歳(154例)、及び11歳(148例)時に評価検討している.その結果,母乳で育てられなかった(主に人工乳の)子どもたちでは出生前PCB暴露濃度と負の関連性が見られた。これらの子供では、出生前のPCB暴露は,より重度の衝動性,集中力低下、未熟な言語、視覚性・聴覚性ワーキングメモリーと有意の関連が認められた。なお両研究とも,母乳による(PCB暴露による神経学的有害作用の)低減作用が、母乳中の栄養素によるものか,母乳哺育中の母親の行動による適切な知的刺激によるものか、その機序を区別し明らかにするのは困難であったと考察している.
New York州Oswegoでは食物連鎖でPCB類が蓄積された魚を摂取する女性を対象とした研究が行われ、Lonkyら(1996)、Stewartら(2000)が暴露と新生児の行動観察との関連を調査している。その結果、高濃度暴露児で自律神経系の未熟性が認められた。Stewartら(2003)は,Oswego研究の212例に対し,38ヶ月,54ヶ月でMcCarthy検査を用い認知発達の評価を行い,出生前PCB暴露(臍帯血PCB),およびメチル水銀(MeHg)との関連性について検討した.その結果,交絡要因調整後,38ヶ月においては,McCarthy検査のGCI(全般認知指標)と臍帯血中の高塩素化PCBに有意な関連性を認めた(P=.012).しかし54ヶ月時には関連性は認められなかったことから比較的高濃度で暴露した児においても,54ヶ月までにはキャッチアップがなされることが明らかになったとされた.また,Stewartら(2003)は、4.5歳児189例に対し,CPT(連続遂行課題)検査を行い,出生前PCB暴露が反応制御を障害,特に誤反応(error of commission)を増加させるかを検討した.また,MRI検査を行い,後部脳梁の形態学的変化にどのように関連しているかを調査した.その結果,脳梁が小さいほど,PCBと誤反応の関連性が大きく,脳梁の発達が最適とは言えない小児では,特にPCBの影響を受けやすいとしている.
③低濃度暴露である一般人口集団での妊婦から出生した児の調査
ノースカロライナでの一般人口集団における研究において、Rogan,ら(1985,1986,1991)、Gladenら(1988,1991,2000)は生下時から思春期までの追跡調査を行っている。神経発達評価では、ベイリースケールBSIDとの関連では暴露濃度が高くなるとPDI(運動発達)の得点が低くなる傾向にあった。しかし、神経発達の評価時期やその内容により暴露指標との間に一貫した結果は認められなかった。
オランダ・ロッテルダム研究では半数が母乳栄養児で、臍帯血、母体血、母乳で暴露評価を行った。Patandinら(1999)は生下時から42ヶ月までの身体発育との関連について、一般環境レベルのPCBなどによる子宮内暴露では生下児体重および、生後3ヶ月までの発達に負の関連性があったと報告している。また、新生児の神経学的評価(Huismanら,1995)、3, 7, 18ヶ月児の神経発達評価(Huisman, 1995)、Koopman-Esseboomら,1996)を実施し,さらに42ヶ月時の神経行動学的評価等を行った(Lantingら、1998、Patandinら、1999)が、その結果、3, 7, 18ヶ月では暴露と運動発達とに負の関連性が見られる傾向にあった。 その後の追跡調査として、Vreugdenhilら(2002)は372組の母子を追跡し6歳から7歳時で認知機能、運動能力の評価を行いPCB・ダイオキシン暴露の影響が就学時年齢まで持続するかどうかを検討した。出生前暴露は母体と臍帯血中のPCB-118, -138, -153, -180の総計と定義した。さらに母乳については17種類のダイオキシン、6種類のダイオキシン様PCB,20の非ダイオキシン様PCBの測定も追加した。その結果、親および家庭環境が最適ではなかった場合、認知および運動能力には出生前PCBとダイオキシン暴露による負の影響が認められた。よって、出生前PCBとダイオキシン暴露の神経発達への影響は就学年齢まで持続すること、また適切な家庭環境や親による知的刺激が、認知、運動能力に及ぼす出生前暴露の影響に拮抗し、影響を緩和する可能性が示唆された。
さらにVreugdenhilら(2002)は7.5歳児158例についてPSAI (Pre-School Activity Inventory)で児の遊び行動を評価し、PCBとダイオキシン類の出生前暴露の検討を行った。その結果、母体血、臍帯血中で測定した出生前PCB暴露の男性的、男女両性的尺度に及ぼす影響は男児と女児で有意に異なっていた(p<.05)。高濃度の出生前ダイオキシン類の値は女性的尺度評価を行うと、男女ともより女性的な遊び行動の多さと関連していた。このことから、環境レベルでのPCB,ダイオキシン類、その他の関連有機塩素系化合物の出生前暴露によって、出生前ステロイドホルモンの不均衡が誘発されることが示唆された。Vreugdenhilら(2004)は、さらに9歳時点で、母乳群と人工乳群から暴露の高い児と低い児計83名に対し、さまざまな神経心理学的評価を実施し周産期暴露の影響を検討している。その結果、出生前のPCBレベルが高いことは反応時間の遅れに関連し,また反応時間のバラツキが多くなり、神経心理学的評価の1つであるTower of London(TOL)の得点が低くなることと関連していた.また、Vreugdenhilら(2004)は、同じ対象83名に対し、中枢神経系機能の直接的な評価法であるERPs(事象関連電位)のP300を用い、PCBによる周産期暴露の神経毒性メカニズムを検討している。その結果、出生前暴露が高濃度であった児は、低濃度であった児よりも、P300の潜時が長かった.母乳哺育によるPCBs暴露はP300の潜時と関連がなかった.P300の潜時は6~16週間母乳哺育された子どもおよび人工乳で育てられた子どもよりも,16週間以上母乳哺育された子どもで短かった.またP300の振幅は周産期におけるPCB暴露や母乳哺育と関連がなかった.従って母乳哺育が中枢神経系の適切に刺激を認識し処理するERPs(事象関連電位)を促進するのに対して、PCBや関連した化合物によるオランダの環境暴露レベルの出生前暴露は,中枢神経系のメカニズムの成熟を遅延させると示唆している。
ドイツ・デュッセルドルフでの前向きコホート研究では、171名の健康母児ペアに対して、7ヶ月時にBISDとFagan Testを実施し、認知および神経発達評価を実施した(Walkowiakら、1998)。さらにその追跡調査として7ヶ月時、18ヶ月時、30ヶ月時、42ヶ月時における幼児の精神・運動発達をBSID-Ⅱ、Kaufman評価尺度を用いて評価した。18ヶ月時には家庭養育環境の質を「HOME(標準化された家庭環境指標)」を用いて評価し、PCB暴露が幼児における精神・運動発達に及ぼす影響について総合的に検討している(Walkowiakら、2002)。なお、出生前および周産期PCB暴露については新生児臍帯血と母乳中のPCB-138, PCB-153, PCB-180濃度から推測した。その結果、30ヶ月時、42ヶ月時において母乳中のPCBと精神・運動発達には有意の負の関連性が認められた。42ヶ月時では、母乳保育による出生後PCB暴露の影響が認められたが、一方で、良好な家庭環境は30ヶ月以降の発達に正の影響を示した。このことから、バックグラウンドレベルでの出生前PCB暴露は42ヶ月時までの精神・運動発達を阻害するが、良好な家庭環境はこれらの影響とは拮抗し、発達にプラスの作用を示すことが示唆された。
1959年~1965年にかけて米国12の地域から登録された妊婦とその子ども1207名を対象としたマルチ・センター研究で、Danielsらは児の神経発達評価として、生後8ヶ月でBSIDを実施した.暴露評価は母親から妊娠中8週毎と産後6週目で採血し,11種類のPCB同族体(PCB28, 52, 74, 105, 118, 138, 153, 170, 180, 194, 203)をtotal PCBとして分析した.母親の血清中のPCBレベルと児の精神発達(MDI)、運動発達(PDI)の得点との関連は見られなかった(Danielsら、2003).PCB暴露とMDI(精神発達面)との関連は見られないという本研究の結果は、それ以前に報告されている多くの先行研究と一致していた.PDI(運動発達面)との関連については、検査の時期、PCBの定量化の分析的方法を研究機関間で統一したにもかかわらず、12の研究機関によって相反する結果が見られた.研究センターによって結果が違うのは、食物、水銀・鉛の暴露など、今回測定していない特性に関連している可能性があるかもしれないと考察している
ミラノとその周辺地域で誕生し,少なくとも4ヶ月まで母乳哺育された25名の児について,Rivaら(2004)は、初乳中のPCBと12ヶ月での視覚機能の関連について調査した。生体資料は出産後2日目の初乳,1ヶ月と3ヶ月の母乳.サンプルはPCB 105、118、138、153、156、180、およびDDTとDDEを測定した.同時にすべての児において長鎖多価不飽和脂肪酸(LC-PUFAs)、C18:2 n-6、C18:3 n-3、C20:4 n-6、C20:5 n-3、およびC22:6 n-3の血漿レベルを出生後3日以内に分析した。血漿中のLC-PUFAsだけでなく初乳のPCBレベルは、周産期の供給を反映すると考えられた。また視覚機能は12ヶ月で視覚誘発電位(VEPs)P100を用い評価した。その結果、視角60分の大きさでの提示刺激P100の潜時はDDT濃度(r = 0.513)およびPCB 180(r = 0.504)濃度と関連があり、視角15分のVEP潜時はPCB 105を除く、DDT、DDE、およびすべての初乳のPCBレベルと関連があった(相関係数r = 0.401~0.618)。また児の血漿レベルにおけるC22:6 n-3は視角60分(r = -0.418),1Hz-2J(r = -0.466)でのP100の潜時と負の関連があった。C22:6 n-3をコントロールした後に、初乳中PCB 180と視角15分のP100潜時の部分相関係数は0.403 (p = 0.07)であった。このように、12ヶ月の健康乳児の視覚機能と初乳中のPCBs、DDT、およびDDEの間で弱い関連が認められた。しかし影響は、出生数日後の児血漿中長鎖多価不飽和脂肪酸LC-PUFAsをコントロールした後は明らかではなくなったと報告している。
2.農薬
農薬と小児神経発達との関連を検討した研究は、2001年1月1日から2004年10月31日までの間に3件の報告があり、断面研究、症例対象研究、地域相関研究が各1件ずつであった。
(1)断面研究
Pereraら(2003)は、アフリカ系アメリカ人116例、ドミニカ人146例を対象に、環境喫煙(ETS)、多環式芳香族炭化水素(PHA)と有機リン酸系殺虫剤による出生前暴露が児の出生児の体重、頭囲,身長などの基本的なアウトカムに及ぼす影響について検討した。PHAは各被験者の室内サンプリングによる室内PHAをモニタリングし、ETSは血漿中コチニン濃度を測定し、有機リン酸系殺虫剤は血漿中のクロルピリホス値より推定した。交絡因子で調整後、アフリカ系アメリカ人では、多環式芳香族炭化水素(PHA)の高濃度出生前暴露は出生時低体重(p=.003)、頭周囲低値(p=.01)に有意に関連していた。クロルピリホスは被験者全体における出生児体重と出生児体長(p=.01,p=.003)、アフリカ系アメリカ人における出生児体重(p=.04)、ドミニカ人における出生児体長(p<.001)の低下に関連した。PHAとクロルピリホスは出生児のアウトカムに対する有意な独立した決定因子であると考えられた。
(2)症例対照研究
Ruckart PZら(2004)は、ミシシッピー州とオハイオ州の住居で害虫駆除のために違法で使用されていた有機リン殺虫剤であるメチル・パラチオン(MP)と子どもの神経行動学的発達との関連を評価した. 1994年にオハイオの1郡、1996年から1997年にミシシッピーの29郡において,住居にMPが撒かれたときに6歳以下であった子供251名を暴露群とし,同じ地域の児401名を対照群とし,Pediatric Enviromental Neurobehavioral Test Battery (PENTB)を実施した.その結果、暴露されていた子ども達は短期記憶や注意に関するテストの成績が有意に低下していた.さらに暴露されていた子ども達の親は,暴露されていない子ども達の親に比較して、自分の子ども達がより行動や運動機能の問題があると報告していた.しかし,これらの結果は両地域で一貫してみられたわけではなかった.また一般的な知能,視覚と運動機能の統合,多段階の処理では両者の違いは全く見られなかった.以上のことから、MPが子供の短期記憶と注意の微妙な変化と関連し、また運動機能といくつかの行動についての問題に寄与する可能性を示唆するが,この結果は決定的ではないと報告している.
(3)地域相関研究
「PISA(生徒の学習到達度)研究」の加盟11カ国において、Dorner Gら(2002)は、出生年1984~1985年中における母乳中ジクロロ・ジフェニル・トリクロロエタン(DDT)濃度とPISA2000研究における生徒から得られた精神判断能力の評価との関連性を検討した。また同様に1994~1995年のドイツにおける知的発達遅滞児の比率についても調査した。その結果、15歳の生徒の精神判断能力と母乳中総DDT濃度には有意な逆相関が見られた(p=.001)。さらに三大陸中の10カ国とドイツにおける14の連邦州においても、PISA InternationalとPISA National(2000)における15歳の生徒の精神判断能力は母乳中の総DDTと有意な逆相関性を来した(P<.001)。さらにドイツにおける知的発達遅滞児の比率と1984~1985年の母乳中総DDT値には有意な正の相関が見られた(p<.001)。以上の結果から、DDTは子供の脳の発達とその後の生活における精神判断能力に有害な作用を誘発することが示唆された。
考察・結論
以上、世界5か国でコホート研究での追跡調査が行われており、生後数ヶ月から学齢期まで、注意機能や反応時間などの神経心理学的評価指標を使用し化学物質暴露との関連を検討し報告されていた。また、新たに3か国の地域においてコホート研究が開始されていた。
高濃度暴露集団における研究では、出生前暴露が児の神経発達等に負の影響を与えていたが、Laiら(2002)は暴露の負の影響が年齢とともに一部回復を認めた報告している。また,アジアにおけるコホート研究は台湾における「油症」研究の追跡調査しか行われていなかった。
暴露した魚を摂取した妊婦集団、一般人口集団については、Lake Michigan、オランダ、スペインの研究では、出生前暴露が児の神経発達等との間に負の関連性が見られるが、母乳は、化学物質の悪い影響に対してむしろ拮抗する作用がみられるとされている。また、オランダやドイツの研究においては、出生前暴露が時の神経発達等との間に負の関連性が見られるが、良好な家庭環境がその負の影響に拮抗する可能性があると報告されている。また、Danielsら(2003)の研究においては、研究センターによって結果が違っており、これは食物、水銀・鉛の暴露などの今回測定していない特性に関連している可能性があるかもしれないと報告している。また、Riva らは(2004) は調整後、初乳中のPCBsと12ヶ月での視覚機能に関連がなかったとしている。このように、暴露した魚を摂取した妊婦集団、一般人口集団における追跡結果、ともに出生前暴露と児の神経発達等との間には負の関連性が見られる報告が多いが,必ずしも一致した見解が得られていない.また,乳幼児期に負の関連性が認められていても、学齢期にはその影響が改善する傾向が認められ,母乳保育や家庭環境が化学物質による負の影響を改善する要因と推定されるが、何がどのように改善するかは明確にはなっていない.
環境喫煙(ETS)、多環式芳香族炭化水素(PHA)や有機リン酸系殺虫剤による出生前暴露の影響について、児の出生児体重、身長、頭囲、および児の注意機能に関して断面研究、症例対象研究がおこなわれている。また,母乳中ジクロロジフェニルトリクロロエタン(DDT)濃度と生徒から得た精神判断能力との関連では,有意な負の関連性が認められ,知的発達遅滞児の比率と正の相関が認められている.その結果,いずれも研究においても,児の発達に負の影響を示していた.
以上のように、PCB類や農薬など化学物質と小児神経発達との関連についてはコホート研究の追跡が進み、新たな疫学研究の知見が増えている。しかし、暴露指標としての測定物質は、研究間で相当異なっており、また児の神経発達指標などアウトカムの測定も研究によりそれぞれ違いがあり、暴露濃度と影響の関係について、明確な因果関係は評価することは現時点ではできなかった。また,日本人集団での研究報告はいまだ全くなかった.従って一般日本人妊婦集団を対象に妊娠中からたちあげ、乳児期から学齢まで縦断的に行う調査を早急に進めるとともに、胎児期、出生後のPCB・ダイオキシン類暴露との関連を検討すること、加えて児の神経発達に影響を与えそうな多くの環境化学物質、また児を取り巻く生活環境について総合的に神経精神発達との関連を検討できる前向きコホート研究デザインで実施する必要がある.
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