内分泌かく乱化学物質の健康影響に関する研究
免疫機能(アレルギー)への影響
要旨
内分泌かく乱物質とアレルギーに関する疫学研究の現状について文献的考察を行った。米国立医学図書館の医学文献データベースPubMedを利用して選択した文献は2004年10月31日までに5件で、コホート研究3件、症例対照研究1件、横断研究1件であった。日本人を対象とした研究は1件もなかった。文献的に考察した結果、バックグランドレベルのPCB・ダイオキシン暴露がアレルギーを減少するとのコホート研究が3件あり、逆に臍帯血のIgEを検討した横断研究や、高濃度暴露群での症例対照研究ではアレルギーを促進する方向に関連していた。現時点では、成人期の大量のPCB暴露はアレルギーを増加し、胎児期、乳幼児期のバックグランドレベルのPCB・ダイオキシン暴露はアレルギー減少する方向に働くことが考えられるが、報告が少なく、結論は得られない。アレルギーへの影響については研究に乏しく、今後、日本でも前向きの疫学研究で検証する必要がある。
研究目的
PCB、ダイオキシン等の有機塩素系化合物は免疫系に影響を与え、ひいては近年のアレルギー性疾患の罹患率の上昇に影響が示唆されている。PCB等の有機塩素系化合物などの化学物質とアレルギーへの影響に関する疫学研究の現状を把握する目的で、文献レビューを行った。
研究方法
米国立医学図書館の医学文献データベースPubMed (http://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/)をもちいて(allergy OR ato py) AND (insecticides OR pesticides OR chlorinated hydrocarbons OR PCBs OR phenol OR phthalate OR styrene OR furan OR organotin OR diethylstilbestrol OR ethinyl estradiol) AND (human)のキーワードで文献を検索した。候補論文のなかからヒト集団を対象とする疫学研究の原著論文を同定した。さらに、これらの原著論文や、他の総説論文に言及されている論文を選択した。台湾油症の研究では、PCBの大量暴露が皮膚アレルギー性疾患の罹患率の増加に関連し、スロバキアの研究でもPCB暴露が臍帯血IgE濃度の上昇に関連し、PCB暴露がアレルギー性疾患へ関連することが示唆されていた。しかし、オランダの2つのコホート(3論文)では、バックグランドレベルのPCB・ダイオキシン暴露がアレルギーを減少させるとしている。今後、さらにアレルギー性疾患への影響を検討する必要がある。
研究結果
1.PCB・ダイオキシン
(1)コホート研究
Weisglas-Kuperusら(2000)は、オランダのPCB/ダイオキシン研究において、就学前までのフォローアップを行い、ロッテルダム地区で1990年6月~19920年2月に登録された207組の健常白人系親子からなるコホート群の免疫系への影響を評価した。PCB暴露は、母体血と臍帯血中、母乳中、児の42ヶ月時のPCB-118, -138, -153, -180の総計と定義した。母乳については17種類のダイオキシン類も測定した。193人が解析対象となった。周産期のPCB暴露は喘鳴を伴う息切れの率の低下と関連していた(ΣPCB(母体血)OR=0.44、P=0.05)。最近のPCB暴露は再発性の中耳炎の増加(ΣPCB(児血)OR=3.06、P=0.02)、水痘の増加(ΣPCB(児血)OR=7.63、P=0.03)、喘息/気管支炎の減少(ΣPCB(児血)OR=0.01、P=0.01)と関連していた。また、母乳のmono-ortho とplanner PCBのTEQが再発性の中耳炎の増加に関連し(mono-ortho PCB TEQ OR1.17, P=0.01; planner PCB TEQ OR 1.10, p=0.04)、dioxin TEQは咳、胸部うっ血、喀痰に関連していた(OR=1.06, P=0.04)。以上によりPCB暴露は感染症への罹患を増やし、それがアレルギー罹患の低下につながる可能性があると考察している。
しかし、同じ研究で学童期までフォローアップを続けた結果では(Weisglas-Kuperusら、2004)、167人が解析対象となった。周産期のPCB暴露は3から7歳の水痘の罹患率低下に関連していた(ΣPCB(母体血)OR=0.53、P=0.03;ΣPCB(臍帯血)OR=0.04、P=0.02)。喘鳴を伴う息切れの率も低下した。(ΣPCB(母体血)OR=0.59、P=0.04)。出生後のPCB暴露は再発性の中耳炎に関連していた(ΣPCB(母乳)*母乳期間OR=1.19、P=0.04)。ここでは、感染症の増加と一貫した関連は認めず(水痘は減少、中耳炎は増加)、バックグランドレベルのPCB暴露は免疫系に影響を与える可能性があるとの考察になっている。
Tusscherら(2003)はオランダ35組の健常白人系親子からなるコホート群において血液・免疫系への影響を評価している。ダイオキシン暴露は、母乳中のdioxin-like PCBを除いたダイオキシンのTEQで評価した。そのため、総ダイオキシン(dioxin+dioxin-like PCB)はdioxin-like PCBを除いたダイオキシンのTEQを2倍した。初期の、母乳中のダイオキシンTEQを周産期の暴露指標、母乳期間を加味して出生後の暴露指標とした。
27人が解析対象となった。周産期のダイオキシン暴露はアレルギーの減少と関連していた(P=0.023)。また、出生後のダイオキシン暴露もアレルギーの減少に関連していた(P=0.03)。
(2)症例対照研究
Guoら(1999)は、油症患者のうち30歳以上の1144人、コントロールは1135人を対象とし、インタビューで病院の治療歴を調査した。暴露群795人、コントロール693人が解析対象となった。暴露群で皮膚アレルギーのオッズ比が、男性がOR 2.1、女性がOR 2.6であった。
(3)断面研究
Reichrtovaら(1999)は、スロバキアの2地域(industrial and rural)の満期産2050からランダムに120を選択した。暴露は胎盤中の塩素化ベンゼン、有機農薬、PCBを測定した。また、臍帯血のIgEを測定した。120人が解析対象となった。臍帯血のIgEはp,p'-DDE (r=0.3294, P=0.01)とPCB118 (r=0.3824, P=0.006)と有意に関連していた。
2.その他の物質
先の、Reichrtovaら(1999)の臍帯血のIgEとp,p'-DDE (r=0.3294, P=0.01)の関連の報告以外にはみられなかった。
考察・結論
台湾油症の研究では、PCBの大量暴露が皮膚アレルギー性疾患の罹患率の増加に関連し、スロバキアの研究でもPCB暴露が臍帯血IgE濃度の上昇に関連し、PCB暴露がアレルギー性疾患へ関連することが示唆されていた。しかし、オランダの2つのコホート(3論文)では、バックグランドレベルのPCB・ダイオキシン暴露がアレルギーを減少させるとしている。現時点では、成人期の大量のPCB暴露はアレルギーの罹患を増加し、胎児期、乳幼児期のバックグランドレベルのPCB・ダイオキシン暴露はアレルギーの罹患を減少させる方向に働くことが考えられるが、報告が少なく、結論は得られない。アレルギーへの影響については研究に乏しく、今後、日本でも前向きの疫学研究で検証する必要がある。
参考文献
Guo YL, Yu ML, Hsu CC, Rogan WJ: Chloracne, goiter, arthritis, and anemia after polychlorinated biphenyl poisoning: 14-year follow-Up of the Taiwan Yucheng cohort.Environ Health Perspect. 1999 ;107:715-9
Reichrtova E, Ciznar P, Prachar V, Palkovicova L, Veningerova M. Cord serum immunoglobulin E related to the environmental contamination of human placentas with organochlorine compounds. Environ Health Perspect. 1999; 107: 895-9
ten Tusscher GW, Steerenberg PA, van Loveren H, Vos JG, von dem Borne AE, Westra M, van der Slikke JW, Olie K, Pluim HJ, Koppe JG. Persistent hematologic and immunologic disturbances in 8-year-old Dutch children associated with perinatal dioxin exposure. Environ Health Perspect. 2003;111:1519-23.
Weisglas-Kuperus N, Patandin S, Berbers GA, Sas TC, Mulder PG, Sauer PJ, Hooijkaas H: Immunologic effects of background exposure to polychlorinated biphenyls and dioxins in Dutch preschool children.Environ Health Perspect. 2000; 108: 1203-7
Weisglas-Kuperus N, Vreugdenhil HJ, Mulder PG. Immunological effects of environmental exposure to polychlorinated biphenyls and dioxins in Dutch school children. Toxicol Lett. 2004 ;149:281-5.