科学的根拠に基づくがんリスク評価とがん予防ガイドライン提言に関する研究
飲酒と食道がんリスク
日本の疫学研究に基づく関連性の評価
日本の研究結果から、日本人のがん予防を考える
「生活習慣改善によるがん予防法の開発と評価」研究班では、主要なリスク要因について、がん全般、および肺がん、胃がん、大腸がん、乳がん、肝がん、食道がんなどのリスクとの関連を調べた国内の疫学研究を収集し、個々の研究についての関連の強さの確認と科学的根拠としての信頼性の総合評価を行っています。
(研究班ホームページ:https://epi.ncc.go.jp/can_prev/)
関連の強さについて、「強い」「中程度」「弱い」「なし」の4段階で個々の研究を評価し、研究班のメンバーによる総合的な判断によって、科学的根拠としての信頼性について「確実」「おそらく確実」「可能性がある」「不十分」の4段階で評価するシステムとしました。その際、動物実験や作用機序に関する評価については、既存の機関が行ったレビューを引用することにしました。さらに、関連が「確実」あるいは「おそらく確実」と判定された場合には、メタアナリシスの手法を用いた定量評価を行い、その影響の大きさについての指標を推定することにしました。
その研究の一環として、このたび、飲酒と食道がんについての評価の結果を専門誌に報告しました(Jpn J Clin Oncol 2011年2011年41巻677-692ページ)。
飲酒と食道がんの関連 世界的には確実
アルコール飲料が食道がんのリスクであることは、世界中から報告されています。国際がん研究機構(IARC)における評価では、アルコール飲料はヒトに対し発がん性があると結論づけられており、部位別には口腔、咽頭、喉頭、食道、肝臓、大腸、乳がんのリスク要因とされています。また、世界がん研究基金と米国がん研究協会(WCRF/AICR)が共同で発表している「がん予防のための食物・栄養などに関する勧告」の第二版(2007)でも、アルコールは食道がんの確実なリスク要因であると判定されています。
日本では、よく飲まれる酒の種類が欧米と異なること、日本人に多い食道がんのタイプ(扁平上皮がん)が欧米に多いタイプ(腺がん)と異なること、アルコールを飲んですぐ顔が赤くなるタイプの人が約半数いるという体質の違いがあることから、必ずしも欧米の結果が参考になるとは限りません。
今回、改めて、2010年1月までに報告された飲酒と食道がんリスクについて、日本人を対象とした疫学研究結果をまとめ、評価しました。このテーマについて報告された疫学研究には、4つのコホート研究と9つの症例対照研究がありました。それらを検討した結果、日本では、飲酒と食道がんリスクの関連を示す科学的根拠は確実であるという結論になりました。
コホート研究・症例対照研究
4コホート研究、9症例対照研究の結果について、コホート研究(表1)、症例対照研究(表2)のすべてで、飲酒と食道がんリスクとの間に強い関連が示されていました。またコホート研究のすべてと症例対照研究のうち6つで飲酒量や頻度が多くなるほどリスクが高くなる傾向が認められました。酒の種類についてははっきりとした差はわかりませんでした。アルコールの代謝に関わる遺伝子多型(ALDH2)について検討した症例対照研究では、がんリスクになるアセトアルデヒドの分解が遅いタイプで、速いタイプに比べてリスクが高くなっていました。その指標として、飲酒後に顔が赤くなるかどうかについて検討した研究もありましたが、その方法には限界があり、飲酒による食道がんリスクへの遺伝子多型の影響については今後さらに研究を進める必要があるでしょう。
日本人の飲酒と食道がんリスクとの関連
日本人における飲酒の食道がんリスクへの影響の大きさを調べるために、これらの研究をまとめてメタアナリシスを行いました。その結果、飲酒したことがある人ではない人に比べ食道がんリスクが3.3倍高いという結果でした。また、喫煙の影響を考慮した4つの研究だけでメタ解析を行うと、3.36倍でした。
アルコール飲料に含まれる発がん物質には食道に対する毒性が確認されています。さらに、日本でも複数のコホート研究と症例対照研究で、飲酒によってヒトの食道がんリスクが上がるという一致した結果が得られています。よって、飲酒による食道がんリスク上昇の科学的根拠は確実であるといえます。
また、メタアナリシスによる日本人飲酒者の相対リスクは3倍程度であると、その影響の大きさを定量的に評価しました。
日本人男性の飲酒率は高く、飲酒に起因する食道がんも毎年相当数発生していると考えられます。日本でも、飲酒量の制限は、禁煙と並び、食道がんを減らすためには効果的であるといえるでしょう。