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科学的根拠に基づくがんリスク評価とがん予防ガイドライン提言に関する研究

飲酒と肝がんリスク

日本のコホート研究のプール解析

― 日本のコホート研究のプール解析 ―

 

日本人の飲酒と肝がんリスク

「生活習慣改善によるがん予防法の開発と評価」研究班では、主要なリスク要因について、がん全般、および肺がん、胃がん、大腸がん、乳がん、肝がんなどのリスクとの関連を調べた国内の疫学研究を収集し、個々の研究についての関連の強さの確認と科学的根拠としての信頼性の総合評価を行っています。

(研究班ホームページ:https://epi.ncc.go.jp/can_prev/

飲酒と肝がんリスクの関連に関する諸研究では、アルコール摂取量別グループに分けるのに、研究ごとに異なった基準を採用しており、どの程度の飲酒量で肝がんリスクが上がってくるのかメタ・アナリシスの手法でまとめることが難しくなっています。また女性についてのデータは限られています。

当研究所では4つのコホートのデータを併せたプール解析による定量評価を行い、アルコール摂取量別の影響の大きさを男女別に推定しました。その研究成果を専門誌において発表しました (Int J Cancer. 2011 Jun 23. doi: 10.1002/ijc.26255.)。

 

表) プール解析に用いられた4つのコホート分析
研究集団ベースラインベースラインにおける年齢平均フォローアップ期間(年)コホートのサイズがんの件数
(JPHC, Japan Public Health Center-based prospective Study(多目的コホート研究); JACC, The Japan Collaborative Cohort Study(JACC スタディー); MIYAGI, The Miyagi Cohort Study(宮城県コホート研究))
(MIYAGIの女性データは、基準となる「たまに飲む」グループの肝がん発症がゼロであったため、使用しなかった。)
JPHC I 5つの保健所の管轄地区の住民 1990 40-59 13.6 19,847 21,526 95 31
JPHC II 6つの保健所の管轄地区の住民 1993-1994 40-69 10.5 27,565 31,786 263 85
JACC 45地域の住民 1988-1990 40-79 10.4 21,804 31,544 156 83
MIYAGI 宮城県内の14の自治体の住民 1990 40-64 11.0 20,647   91  
合計         89,863 84,856 605 199

 

男性では多量飲酒者、女性では中程度以上の飲酒者に肝がんリスクの上昇がみられる

各コホートの合計約17.5万人(男性9万人、女性8.5万人)のアンケート調査から得られたアルコール摂取量によって、「全く飲まない」人、「たまに飲む(週1回未満)」人、「飲む」人にグループ分けしました。さらに「飲む」人のグループは1日あたりのアルコール摂取量(g/日)によって、男性については「0.1-22.9」、「23.0-45.9」、「46.0-68.9」、「69.0-91.9」、「92.0以上」の5つのグループに、女性については「0.1-22.9」、「23.0以上」の2つのグループに分けました。平均で10.4年から13.6年の追跡期間中に、男性605人、女性199人が肝がんと診断されました。飲酒頻度が週1回未満の「たまに飲む」グループを基準にして、他のグループの肝がんリスクをハザード比というかたちで比較しました。喫煙などアルコール以外の要因の影響は調整してあります。図のハザード比を表す各ひし形から上下に伸びた線は95%信頼区間をあらわしています。

男性では、飲酒量1日あたり69g以上の多量飲酒者に肝がんリスクの上昇がみられました(「69.0-91.9」と「≧92.0」のグループでそれぞれハザード比1.76と1.66)。女性では飲酒量1日あたり23g以上のグループでハザード比3.60と大きな肝がんリスクの上昇が見られました。男女とも「全く飲まない」グループにおいて基準である「たまに飲む」グループより高い肝がんリスク(男性1.70、女性1.50、ただし女性の場合は有意ではない)がみられますが、これは「全く飲まない」グループのなかに健康上の問題によって飲酒をやめた人が多く含まれていることによるものではないかと考えられます。

 

グループ別肝がんリスク(男性)

 

グループ別肝がんリスク(女性)

 

日本における大規模前向きコホート研究のデータに基づく今回のプール解析から、男性においては多量飲酒(1日あたり69g以上)を避けること、女性においては中程度以上の飲酒(1日あたり23g以上)を避けることが、肝がんリスクの低減につながるということがいえるかもしれません。

 

肝臓病の病歴のない人のデータをみるとアルコール摂取と肝がんの関係がより明確になる

ベースラインにおける肝臓病の病歴の有無によってあらかじめ対象者を分けた上で、アルコール摂取量グループ別にハザード比を計算すると次のグラフのような結果が得られました。肝臓病の病歴の無い集団では「全く飲まない」グループのハザード比が1に近くなっているほか、アルコール摂取量と肝がんリスクの関係がより明確になっています。これは前出の肝臓疾患によって医師の指導や自覚症状からアルコール摂取を控えた人のバイアスが取り除かれたためだと思われます。

肝臓病の病歴の有無別に分析したグループ別肝がんリスク(男性)

 

 

アルコールが肝がんを引き起こすメカニズム

アルコールの代謝物であるアセトアルデヒドの発がん性がよく知られていますが、それ以外にもいくつかのメカニズムがさまざまな研究を通して提起されています。1) チトクロームP-450 2E1の誘導による発がん物質前駆体の活性化と発がん物質除去に影響する第二相酵素の阻害、2) カロテノイドなどの様々な抗がん性栄養素の欠乏、3) 炭素代謝の変化によるがん抑制遺伝子および発がん遺伝子の異常なメチル化などです。

 

この研究について

今回の研究の特長としては次のような事柄が挙げられます。

1)  データをプールすることによって、男性に関しては多量飲酒のリスクを調査することができたこと。

2)  女性においては中程度以上の飲酒(1日あたりアルコール23g以上)でも肝がんリスクが上昇することを示したこと。

 

今回の研究では、肝炎ウイルスの情報は考慮されていません。わが国では、原発性肝がんの大部分を占める肝細胞がんの80%はC型肝炎ウイルス、10%はB型肝炎ウイルスが原因で発生しており、この研究でも肝がんになった方はほとんどが肝炎ウイルス陽性者であったと考えられます。最初のアンケート調査の時点で肝炎ウイルスに感染しており、なおかつすでに飲酒量を減らしているような人が多い場合には、肝炎ウイルス感染を考慮した解析をおこなうことにより、より少ない飲酒量でも肝がんリスクの上昇が見えてくるかもしれません。

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