科学的根拠に基づくがんリスク評価とがん予防ガイドライン提言に関する研究
喫煙と大腸がんリスク
日本の疫学研究に基づく関連性の評価
日本の研究結果から、日本人のがん予防を考える
生活習慣改善によるがん予防法の開発と評価」研究班では、主要なリスク要因について、がん全般、および肺がん、胃がん、大腸がん、乳がん、肝がんリスクとの関連を調べた国内の疫学研究を収集し、個々の研究についての関連の強さの確認と科学的根拠としての信頼性の総合評価を行っています。(研究班ホームページ)
関連の強さについて、「強い」「中程度」「弱い」「なし」の4段階で個々の研究を評価し、研究班のメンバーによる総合的な判断によって、科学的根拠としての信頼性について「確実」「おそらく確実」「可能性がある」「不十分」の4段階で評価するシステムとしました。その際、動物実験や作用機序に関する評価については、既存の機関が行ったレビューを引用することにしました。さらに、関連が「確実」あるいは「おそらく確実」と判定された場合には、メタアナリシスの手法を用いた定量評価を行い、その影響の大きさについての指標を推定することにしました。
その研究の一環として、このたび、喫煙と大腸がんについての評価の結果を専門誌に報告しました(Jpn J Clin Oncol 2006年1月36巻25-39ページ)。
喫煙によって大腸がん(直腸がん)のリスクが高くなる可能性がある
日本では、近年、大腸がんの増加が問題となっています。この増加の原因は、生活の欧米化であると考えられています。しかし、特に男性で増加率が著しく高いことから、男女の生活習慣の差も視野に入れる必要がありそうです。日本人では男性の喫煙率が女性に比べたいへん高いことより、まずはたばこの影響が疑われます。
大腸がんリスクは、喫煙で高くなるのでしょうか。世界中のこれまでの疫学研究結果をまとめたIARCの評価(2004年更新)では、特に長期喫煙との関連が注目されていますが、まだ根拠として十分ではないとされています。しかし、評価の対象となったのは、大半が欧米の研究です。
また、大腸がんは、部位別に結腸と直腸のがんに大別されますが、もともと欧米に多く日本で急増している結腸がんと、もともと日本に多かった直腸がんでは、たばこの影響が違うのではないかとも考えられます。
今回、改めて、2004年までに報告された大腸がんリスクと部位別のがんのリスクについて、日本人を対象とした疫学研究結果をまとめ、評価しました。このテーマについて報告された疫学研究には、6つの コホート研究 と、13の 症例対照研究 がありました。それらを検討した結果、日本では、喫煙によって大腸がんリスクが高くなる可能性があるという結論になりました。
コホート研究
まず、 コホート研究 の結果をまとめました(表1)。 コホート研究 では、 結腸 がんとの関連を示す研究は1つもありませんでした。次に、 直腸 がんについては、たばこによりリスクが増大するという弱い関連を男女それぞれに認めた研究が1つ、強い関連を男性でのみ認めた研究が1つありました。結腸と直腸それぞれについての分析でははっきりした関連がみられなかったものの、両者を併せて分析すると、男性においてたばこによってリスクが上昇するという弱い関連を認めた研究が1つありました。
なお、文献4、5、6では、男性の結腸がんについて、 統計学的に有意 ではないけれども、20%〜40%のリスク上昇がみられました。また、文献4、5では、男性の直腸がんについて、 統計学的にもう少しで有意 になりそうな範囲でのリスク上昇がありました。
症例対照研究
症例対照研究 は コホート研究 に比べ簡便ですが、過去の生活習慣を正確に思い出すことが難しいことや、比較対照を選ぶ際に偏りが生じやすいといった調査上の問題点のため、結果の信頼性は コホート研究 に及ばないと位置付けられています。
たばこと大腸がんとの関連を調べた日本の13の 症例対照研究 について、男性6、女性2、男女7の計15グループのデータを検討しました(表2)。すると、1994年を境に、結果の様相が異なっていました。
1994年以前に発表された初期の研究では、 結腸 がんについて検討した6つの研究のうち5つで、たばこによって 結腸 がんリスクが下がるとされています。しかも、そのうち2つでは、強い関連が示されました。一方、 直腸 がんについては6つ、大腸がんについては2つの研究がありますが、いずれもたばことの関連は認めません。
これに対し、1995年以降に発表された最近の研究では、 結腸 がんリスクについて検討した研究が5つあるものの、いずれも関連なしと報告されています。一方、 直腸 がんでは、5つの研究のうち4つでリスクが上がることが示されました。また、それらとは別に、大腸がんリスクが上がるとする研究が1つありました。
大腸がんの前がん病変である大腸腺腫とたばことの関連ははっきりしています。しかし、大腸がんではなぜ明確な関係がみられないのか、研究者は首を傾げています。そのことを説明するいくつかの仮説が出されています。ひとつは、たばこは大腸発がんの初期、つまりイニシエーションにのみ働くという仮説です。もうひとつは、たばこによって大腸発がんが起こるまでには35〜40年の長い歳月がかかるという説です。
今回、日本における1995年以降の症例対照研究でたばことの関連を示す研究が多いことや、最近のコホート研究で20〜40%のリスク上昇がみられていることがわかりました。これらの研究には喫煙年数の長い人が比較的多く含まれていますので、その影響がより強く現れたのではないかとも考えられます。
結論
以上をまとめ、喫煙との関連を科学的根拠の信頼性の点から評価したところ、結腸がんについては不十分、直腸がんについてはリスクが上がる可能性がある、したがって、大腸がん全体としてもリスクが上がる可能性があるという結論になりました。
たばこ以外のリスク要因の調整
大量飲酒で、大腸がんのリスクが高くなることが知られています。たばこを吸う人にはお酒をたくさん飲む人が多いので、たばこを吸う人と吸わない人の間で大腸がんのリスクをそのまま比較すると、たばこの影響とお酒の影響を区別できなくなります。
たばこと大腸がんとの関連をみる場合には、お酒のほかにも、年齢、性別、運動、肥満、食習慣など、大腸がんリスクに関わる他の要因の影響を、統計学的なテクニックによって取り除く必要があります。
今回評価の対象となった文献で、これらの要因を十分考慮して結果を出している研究は、比較的新しいものに限られ、まだそれほど多くはありません。