科学的根拠に基づくがんリスク評価とがん予防ガイドライン提言に関する研究
飲酒と肝がんリスク
日本の疫学研究に基づく関連性の評価
日本の研究結果から、日本人のがん予防を考える
「生活習慣改善によるがん予防法の開発と評価」研究班では、主要なリスク要因について、がん全般、および肺がん、胃がん、大腸がん、乳がん、肝がんなどのリスクとの関連を調べた国内の疫学研究を収集し、個々の研究についての関連の強さの確認と科学的根拠としての信頼性の総合評価を行っています。 (研究班ホームページ)
関連の強さについて、「強い」「中程度」「弱い」「なし」の4段階で個々の研究を評価し、研究班のメンバーによる総合的な判断によって、科学的根拠としての信頼性について「確実」「おそらく確実」「可能性がある」「不十分」の4段階で評価するシステムとしました。その際、動物実験や作用機序に関する評価については、既存の機関が行ったレビューを引用することにしました。さらに、関連が「確実」あるいは「おそらく確実」と判定された場合には、メタアナリシスの手法を用いた定量評価を行い、その影響の大きさについての指標を推定することにしました。
その研究の一環として、このたび、飲酒と肝がんについての評価の結果を専門誌に報告しました。(Jpn J Clin Oncol. 2008年12月38巻816-838ページ)
飲酒と肝がん
飲酒は肝臓に悪いことや、大量飲酒習慣が肝硬変の原因になることは、よく知られています。肝硬変から肝がんへと進行することもあり、飲酒は肝がんの原因であると長らく考えられてきました。
日本には肝がんが多いのですが、その9割以上はC型またはB型肝炎ウイルスへの慢性感染によるものです。また、日本人には、お酒に弱い、すなわちアルコールの代謝物であるアセトアルデヒドを分解する酵素の働きが弱いタイプが多いので、飲酒の肝がんへの影響が欧米と異なることも考えられます。
今回、改めて、2008年6月までに報告された飲酒と肝がんリスクについて、日本人を対象とした疫学研究結果をまとめ、評価しました。このテーマについて報告された疫学研究には、22のコホート研究と、24の症例対照研究がありました。その結果を、国際がん研究機構(IARC)による、アルコールが肝がんの原因となるメカニズムの評価(動物実験で十分な根拠がある)とも合わせて総合的に研究班で検討した結果、日本では、飲酒と肝がんリスクの関連を示す科学的根拠は確実であるという結論になりました。
飲酒は肝がんリスクを高めるという結果が多い
コホート研究のうち、14研究(64%)で飲酒と肝がんに「弱い」から「強い」関連が報告されているのに対し、3研究では関連が見られず、5研究で「弱い」から「中程度」の負の関連(飲酒が増すと肝がんが減る)が報告されていました(表1)。負の関連を報告しているのは、主に肝硬変などの肝臓病患者を追跡した研究でした。その場合には、追跡期間中に肝がんになったグループで、飲酒状況を調査した時に、肝疾患の進行によって、すでに飲酒が減っていたという可能性が考えられます。
また、症例対照研究のうち、19研究(79%)で「弱い」から「強い」関連が報告され、4研究で関連が見られず、1研究で「中程度」の負の関連が報告されていました(表2)。
肝炎ウイルス感染による肝がんリスクへの飲酒習慣の影響について
日本では、肝炎ウイルスの慢性感染による肝がんが9割を占め、アルコール性肝硬変から肝がんに進行するケースは多くありません。よって、飲酒による直接的な肝がんリスクへの関与よりは、むしろ、肝炎ウイルス感染者の間で、飲酒によって肝がんリスクが高まるのかどうかが重要な問題になります。これについて、C型慢性肝炎患者を対象に行われたコホート研究の結果を見ると、大部分の研究で関連が示されています。
また、飲酒習慣が肝炎ウイルス感染者の肝がんリスクを増大させるメカニズムとして、ウイルス増殖の促進、C型肝炎ウイルス遺伝子の突然変異の蓄積、肝細胞死の増大、免疫反応の抑制、鉄過剰、酸化ストレスの増大など、いくつかが唱えられています。
結論
飲酒が肝がんリスクを高めるというメカニズムを説明する研究結果があり、数多くの疫学研究の結果がほぼ一致していることから、日本人において、飲酒によって肝がんリスクが高まるのは確実であるといえます。