科学的根拠に基づくがんリスク評価とがん予防ガイドライン提言に関する研究
日本人における飲酒と胃がんリスク
日本のコホート研究のプール解析
日本人における飲酒と胃がんリスク
国際がん研究機関(IARC: International Agency for Research on Cancer)は、アルコール飲料は発がん性を有しており、「飲酒習慣はがんのリスク」と結論づけています。がんの部位別には口腔がん、咽頭がん、喉頭がん、食道がん、肝臓がん、大腸がん、乳がんのリスクとされています。しかし、胃がんとの関連については、さまざまな国で疫学研究がおこなわれているものの、いまだ知見が一致していません。そこで今回、日本を代表する6つの大規模日本人コホート研究の分析結果を一つにまとめて解析することによって、日本人の飲酒と胃がん罹患リスクとの関連を評価し、その結果をがん研究の専門誌に発表しました(Cancer Sci 2022; 113: 261-276.)。
本研究の対象者は、多目的コホート研究(JPHC-IおよびJPHC-IIの2コホート研究)、JACC研究、大崎国保コホート研究、宮城県コホート研究、放影研寿命調査の各研究のベースライン調査参加者です。分析対象者は6コホート研究を合わせた256,478名(男性119,951名、女性136,527)で、追記期間中に8,586名の胃がん罹患症例を同定しました(男性6,051名、女性2,535名)。各コホート研究の平均追跡期間は10〜21年です。
本研究では、ベースライン調査参加時のアンケートによる飲酒習慣の回答にもとづいて、週1回以上の飲酒機会がある者を現在飲酒者と定義し、現在飲酒者の飲酒量を「アルコール飲料による1日あたりのエタノール摂取量」として推定し、胃がん罹患リスクとの関連を男女別に解析しました。関連を評価するにあたって、対象者を非飲酒者(禁酒者を含む)、機会飲酒者(飲酒習慣が週1回未満の者)および現在飲酒者の飲酒量で男性7群および女性4群に分けました。胃がん罹患リスクについて、胃がん全体および噴門部(胃の入り口付近にできる胃がん)・非噴門部の亜部位別で解析しました。本研究では、胃がん罹患リスクと関わる他の要因(年齢、喫煙習慣など)を可能なかぎり調整したうえでリスクを評価しました。
男性では飲酒による胃がん罹患リスクが有意に増加
男性では、お酒を全く飲まない群と比較して、1日のエタノール摂取量が23〜46g未満の群で1.09倍、46〜69g未満で1.18倍、69〜92g未満で1.21倍、92g以上で1.29倍と胃がん罹患リスクが有意に増加し、飲酒量が多くなるほど胃がん罹患リスクが増加する量反応関係を認めました(図1)。アルコール飲料によるエタノール摂取量23gは、缶ビール500 mL一本または日本酒一合に相当します。亜部位別の分析では、お酒を多く飲む群(1日69g以上)において、非噴門部胃がんよりも噴門部胃がんでリスクが高い傾向にありました(図2・3)。
女性では、お酒を全く飲まない群と比較して、お酒を飲む群で統計学的に有意な胃がん罹患リスクの増加を認めませんでしたが(図4)、亜部位別の分析では男性同様に、非噴門部胃がんよりも噴門部胃がんでリスクが高い傾向にありました(図5・6)。
本研究について
本研究では、日本人男性において、1日一合以上の飲酒(エタノール摂取量として1日23 g以上の飲酒)が胃がん罹患リスクを有意に高めることを認めました。国際的なエビデンス評価や欧米の疫学研究では、アルコール飲料による1日約45〜50 g 以上のエタノール摂取が胃がん罹患リスクを高めることを報告していますが、本研究によって日本人では比較的少量の飲酒でも胃がん罹患リスクが高まる可能性が示唆されました。女性では、全体として有意な関連を認めませんでしたが、男性よりも飲酒量が少ないためと考えられます。胃がん亜部位ごとに飲酒によるリスクの大きさが異なる点について、正確なメカニズムは明らかではありませんが、欧米人では噴門部胃がんよりも非噴門部胃がんでリスクが高いという報告があることから、今後さらなる検討が必要です。
本研究では、関連を評価するにあたって、対象者の胃がん罹患リスクとして重要なピロリ菌感染状況を考慮できていません。また対象者のエタノール代謝を規定する「飲酒関連遺伝要因(アセトアルデヒド脱水素酵素2などの遺伝型)」との関連を検討できていません。飲酒関連遺伝要因は欧米人ではほとんど見られず、日本人を含む東アジア人に広く分布しています。欧米人と比較して、日本人において少量飲酒が胃がん罹患リスクを高める点について、このような遺伝的な背景が密接に関与している可能性があります。今後はピロリ菌感染および飲酒関連遺伝要因を考慮したコホート研究での再評価が望まれます。