科学的根拠に基づくがんリスク評価とがん予防ガイドライン提言に関する研究
アジア人喫煙者における肺がんリスク予測モデルの開発
アジアコホートコンソーシアムにおける19コホート研究のプール解析
肺がんによる死亡は世界で年間約180万人に上ります。欧米諸国では、肺がん検診に低線量コンピュータ断層撮影(LDCT)検査が用いられており、アジア諸国でもその導入が進められています。しかし、アジア人においては、LDCTを用いた肺がんリスク予測モデルの予測性能はほとんど検証されていませんでした (J Thorac Oncol . 2023 Nov 7:S1556-0864)。
そこで、アジア人を対象とする19の前向きコホート研究から、50歳以上の喫煙者186,458人のデータをもとに、1) 既存の11のリスク予測モデルのキャリブレーション(モデルによる期待値と観測値の比率であり、一致度を示す指標)と予測性能(ROC曲線下面積(AUC: Area Under the Receiver Operating Characteristic Curve)、1.0に近づくほど肺がんのリスクを正確に予測できることを示す)を評価し、2)アジア人特有のリスク要因を反映した予測モデルとして「上海モデル」を新たに開発することを目的としました。リスク要因には、年齢、性別、学歴、BMI(Body mass index)、慢性閉塞性肺疾患の既往、肺がんの家族歴、喫煙歴を用いました。
その結果、アジア人において、11の既存のリスク予測モデルのうち、欧米で用いられているPLCOm2012、LCRAT、LCDRATでは他のモデルよりも比較的良好な結果が得られました(図1)。しかし、これらの欧米モデルでは、アジア人における1年に10パック未満の喫煙者(低用量喫煙者)や20年以上前に禁煙した者(長期禁煙者)の肺がんリスクが実際のリスクより低く予測される傾向が見られました。
本研究で新しく開発した「上海モデル」では、欧米モデルと同等の予測性能であり(図2)、低用量喫煙者や長期禁煙者のリスク予測についても、欧米モデルよりも一貫して優れた結果でした(図3,4)。
図1 11の既存のリスク予測モデルのキャリブレーションと予測性能
図2 肺がんリスクモデルの予測性能:ROC曲線下面積
図3 肺がんリスクモデルの予測性能 ROC曲線下面積(10パック未満/年)
図4 肺がんリスクモデルの予測性能:ROC曲線下面積(20年以上の禁煙者)
本研究から、アジア人を対象とした場合でも、欧米で用いられているモデルにおける予測性能は良好であり、アジア人特有のリスク要因を考慮した肺がんリスク予測モデルである「上海モデル」においても、欧米モデルと同等の予測性能であることが明らかとなりました。特に、上海モデルでは、アジア人における低用量喫煙者と長期禁煙者の肺がんリスクモデルの予測性能において、欧州のモデルと比べて良好な結果であったことから、アジア人のリスク要因に基づいたLDCTを用いたスクリーニング検査を用いた評価が重要であることが考えられます。