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科学的根拠に基づくがんリスク評価とがん予防ガイドライン提言に関する研究

喫煙・受動喫煙と乳がんリスク

日本のコホート研究のプール解析

日本の女性の乳がん罹患率は近年上昇しており、現在では乳がんは女性のがんの中で最も多いがんとなっています。喫煙は、さまざまながんのリスク要因として知られていますが、喫煙と乳がんの関連は他の喫煙関連がんに比べ小さく、本当に因果関係があるのかはよく分かっていません。

国際的には、2012年の国際がん研究機関(International Agency for Research on Cancer)のモノグラフと2014年の米国公衆衛生総監報告(United States Surgeon General’s Report)で、たばこ煙と副流煙への曝露によって乳がんリスクが高まるというエビデンスは限定的であり、因果関係を推論するには不十分だと評価されています。 

日本では、日本人を対象とした疫学研究の系統的レビュー(2006年)において、喫煙による乳がんのリスク増加が示唆され、2015年の日本乳癌学会の診療ガイドラインでは、喫煙が乳がんの危険因子である「可能性がある」、受動喫煙が「限定的に示唆される」と判定されました。これまで5つの日本のコホート研究で、喫煙または受動喫煙と乳がんの関連性が報告されていますが、結果は一貫していませんでした。

本研究では、喫煙と乳がん罹患との関連をよりよく理解するために、日本の9つの前向きコホート研究から乳がん2,065症例を含む166,611名を対象に統合解析を行いました。(Int J Epidemiol. 2024 Apr 11;53(3):dyae047. doi: 10.1093/ije/dyae047.) 

 

【参加したコホート研究一覧】

多目的コホート研究(JPHC-I・JPHC-II)、JACC研究、宮城県コホート研究、3府県コホート研究(宮城・愛知)、大崎国保コホート研究、高山コホート研究、放影研寿命調査

 

喫煙・受動喫煙の評価

自記式質問票にて喫煙習慣を尋ねました。「現在喫煙している」もしくは「過去に喫煙したことがある」と回答した人には、1日の喫煙本数、これまでの喫煙年数、喫煙開始年齢を申告してもらいました。質問はどの研究でもほぼ一致していました。

受動喫煙に関する質問は研究間で異なっていたため、同等の質問を組み合わせて、小児期および成人期の受動喫煙を判断しました。成人期の受動喫煙は、たばこ煙の曝露場所により家庭もしくはその他の場所(職場、屋内集会所、車内)に分類されました。小児期の受動喫煙は家庭でのたばこ煙曝露に限定しました。

 

喫煙と乳がんの関連

Cox比例ハザード回帰モデルを用いて、生涯非喫煙者を対照とした喫煙者の乳がんリスクをハザード比で算出しました。その結果、閉経前および閉経後の女性のいずれにおいても、喫煙と乳がんリスクに有意な関連は見られませんでした。しかし、50歳までの乳がん(閉経前乳がん)罹患に限定すると、生涯非喫煙者と比較して、現喫煙者で乳がんのリスク増加(ハザード比1.64;95%信頼区間1.04-2.59)が見られました(図1)。さらに、喫煙開始年齢で層別すると、50歳までの乳がん罹患のハザード比と95%信頼区間は、20歳以下で1.77; 0.87-3.60、20歳超30歳以下で1.83; 1.06-3.15、30歳超で1.38; 0.50-3.78と、若い年齢で喫煙を開始した人でリスクが高いことが分かりました。また、初産前に喫煙を開始した人では、50歳までの乳がん罹患のハザード比と95%信頼区間は1.75; 0.96-3.20で、初産後に喫煙を開始した人では、1.22; 0.61-2.44でした。

これらの結果は、追跡開始から2年以内に診断された乳がん症例を除外しても同様でした。

 

受動喫煙と乳がんの関連

受動喫煙の解析では、本人の喫煙による影響を取り除くために、生涯非喫煙者のみを対象にしました。受動喫煙がない人を対照として、受動喫煙曝露のあった人の乳がんリスクを算出した結果、成人期の受動喫煙(家庭、その他の場所)、小児期の受動喫煙ともに乳がんリスクと有意な関連は見られませんでした。

 

 

 

今回の結果から、非喫煙者に比べ喫煙者は50歳前に乳がんを罹患するリスクが高く、特に30歳以下や初産前に喫煙を開始した人では、リスクが高くなることが示されました。これまでの研究でも、喫煙による影響は閉経後の乳がんよりも閉経前の乳がんで大きく、欧米のコホート研究では、喫煙開始年齢が低い、あるいは初産時期より喫煙開始時期が早いほど、乳がんリスクが高まると報告されていました。欧米諸国に比べ、乳がん罹患率がはるかに低く、喫煙率も10%未満と低い日本で、同様の関連が認められたことは非常に意義深いことです。一方、受動喫煙と乳がんリスクとの関連は見られませんでした。その理由として、研究間で受動喫煙に関する質問が一致していなかったこと、調査当時の日本では受動喫煙曝露が至る所にあったため、対照群でも受動喫煙曝露の全くない人は少なかったため関連が観察されにくかった可能性が考えられます。副流煙には主流煙と組成が類似した有害化学物質が含まれており、今後、受動喫煙を詳細に把握する研究が望まれます。

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