日本分子疫学コンソーシアム(J-CGE)
BMIと大腸がんの関連:メンデルのランダム化解析
-日本分子疫学コンソーシアム(J-CGE)からの成果報告-
日本ゲノム疫学研究コンソーシアム(J-CGE:Japanese Consortium of Genetic Epidemiology studies)より、ゲノム情報を用いたメンデルのランダム化解析を用いて、肥満度を表す指標であるBMI(body mass index:体格指数)と大腸がんリスクとの関連を日本人で分析しました。その研究成果をがん専門誌に発表いたしましたので紹介します。
(Cancer Sci. 2021年4月号掲載)
研究背景・メンデルのランダム化解析について
大腸がんは、現在、日本で年間約15万人が新たに罹患する*、最も多いがんで、その予防のためには、危険因子や予防因子を明らかにすることが重要な課題です。大腸がんの危険因子は、疫学研究などにより、喫煙や飲酒、肥満との関連が示されており、国立がん研究センター「科学的根拠に基づくがんリスク評価とがん予防ガイドライン提言に関する研究」では、喫煙や飲酒は「確実な」危険因子、肥満は「ほぼ確実な」危険因子と判定しています。
肥満が「確実な」危険因子の判定となっていない理由の一つとして、日本人のBMIは世界的に見て低く、日本人集団のBMIの範囲では、大腸がんリスクへの影響は小さい可能性が挙げられます。そのほか、従来の観察研究は、因果関係でない、見かけ上の関連をみている可能性を否定できないことが考えられます。BMIが高い集団とBMIが平均的な集団の大腸がんリスクを正しく比較するには、両集団で背景因子(喫煙や飲酒など)が均等であることが条件となります。背景因子を均等にする方法として、集団をランダムに分けること(ランダム化比較試験)が挙げられますが、大規模な人口を対象とした社会医学研究では、実施困難であることも少なくありません。また、従来の観察研究では、両集団の背景因子を均等にすることが困難なため、両集団で大腸がんリスクに違いがあっても、BMIと大腸がんリスクとの間に因果関係があるかどうかを明確に示すことができませんでした。この問題を交絡(こうらく)と呼びます。
*国立がん研究センターがん情報サービス「がん登録・統計」(全国がん登録)・2017年データを引用しています。
今回採用したメンデルのランダム化解析は、ゲノム情報で予測した形質(髪の色など外に現れる性質や形)と疾病リスクとの関連を推計することにより、この従来の観察研究で問題となる交絡に対処しようとする方法です。メンデルのランダム化解析では、一塩基多型などの遺伝子多型(形質の違いに影響を与えるとされるゲノム情報の違い)がランダムに分配されるというメンデルの法則を利用して、BMIそのものではなく、ゲノム情報で予測されるBMIを用いて、大腸がんリスクを比較します。ゲノム情報で予測されたBMIの高い集団と低い集団の間では、背景因子が均等になることが期待されることから、従来の観察研究に比べ交絡の影響を受けにくいという特徴があります。
そこで、本研究では、BMIに関係する一塩基多型を用いて、メンデルのランダム化解析により、遺伝的に予測されるBMIと大腸がんリスクとの関連を検討しました。
研究結果:遺伝的に予測されるBMIが増加するにつれて、大腸がんリスクが増加
まず、メンデルのランダム化解析で使用する、BMIに関係する一塩基多型として、①日本人で関係が報告されている68個の一塩基多型のセット、②世界中で報告されている一塩基多型の情報を集めたデータベースであるGWASカタログから、網羅的に同定した654個の一塩基多型のセットを作成しました。①68個の一塩基多型は日本人のBMIのバラつきの約2.0%を説明し、②654個の一塩基多型は約5.0%を説明すると推計されました。この2つの一塩基多型のセットについて、J-CGEの日本人一般集団約36,000人でBMIとの関連、大腸がん約7,500症例と対照37,000例**において大腸がんとの関連を分析しました。一塩基多型のセットとBMIの関連は各コホートで分析され、それを統合する形で算出されています。これらの一塩基多型の結果を図示すると、一塩基多型-BMIの関連が大きくなるほど、一塩基多型-大腸がんの関連が大きくなっていました(図1)。メンデルのランダム化解析により、ゲノム情報から予測されるBMI1単位(kg/m2)増加あたりのオッズ比を計算すると、①68個の一塩基多型のセットを用いた解析では、1.13倍(95%信頼区間:1.06-1.20)、②654個の一塩基多型のセットを用いた解析では、1.07倍(1.03-1.11)と推計されました(図1)。
**バイオバンク・ジャパン(BBJ)の公開データを一部使用しています。
図1.メンデルのランダム化解析の結果
一塩基多型ごとに、横軸にBMIに対する効果量(関連の強さ)、縦軸に大腸がんに対する効果量(関連の強さ)をプロットした図です。青色および水色の実線の傾きは、68または654の一塩基多型のBMIに対する効果量と大腸がんに対する効果量の比を統合した値に一致し、BMIの大腸がんリスクに対する関連の指標であるオッズ比に換算できます。青色および水色のボックス内には、換算したBMI 1単位増加あたりの大腸がんに対するオッズ比および、95%信頼区間を表記しています。
この研究について・今後の展望
メンデルのランダム化解析により妥当な結果を得るためには、いくつかの前提条件***を満たすことが必要ですが、そのことを証明することはできません。そのため、本研究の結果を因果関係と解釈できない可能性が残ります。
また、メンデルのランダム化解析では、遺伝的に(ゲノム情報から)予測されるBMIと大腸がんリスクとの関連を評価しています。BMIは、遺伝要因と環境要因の両者によって決まります。BMIは、食行動や身体活動量などの環境要因により生涯を通して変動します。その一方で、本研究に用いたゲノム情報から予測されたBMIは、生涯の平均的なBMIを反映していると言えるかもしれません。そのため、本研究の結果は、ある時点に測定したBMIと大腸がんリスクとの関係を見る研究結果よりも、大きなオッズ比を示している可能性があります。
しかし、従来の観察研究と比べ、交絡の影響を受けにくいメンデルのランダム化解析においても、BMIが大腸がんリスクと関連していたことは、大腸がんの予防法を検討する際に役立つエビデンスであると考えます。今後も、BMIと大腸がんの関係をつなぐ基礎研究に加え、メンデルのランダム化解析を含めさまざまなアプローチによる疫学研究からのエビデンスの蓄積が望まれます。
***メンデルのランダム化法では、①一塩基多型が形質と関連していること、②一塩基多型が形質を介してのみがんの発生に影響すること、③一塩基多型とがんの発生との間に交絡因子が存在しないこと、の3つが前提条件を満たす必要があります。