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日本分子疫学コンソーシアム(J-CGE)

糖代謝異常と緑内障リスクとの関連:大規模ゲノム疫学研究を用いたメンデルランダム化解析による成果

 

-日本分子疫学コンソーシアム(J-CGE)からの成果報告-

日本ゲノム疫学研究コンソーシアム(J-CGE:Japanese Consortium of Genetic Epidemiology studies)より、ゲノム情報を用いたメンデルランダム(MR)化解析を用いて、血中の糖代謝指標(空腹時血糖値、ヘモグロビンA1c、空腹時Cペプチド)と原発開放隅角緑内障リスクとの関連を分析しました。その結果、日本人集団において、糖代謝異常が、原発開放隅角緑内障に関連するという、強い遺伝的なエビデンスは得られませんでした。本研究成果は、アジア人における糖代謝異常と原発開放隅角緑内障の関連を、MR解析により検討した初めての報告であり、眼科専門誌「American Journal of Ophthalmology」9月号に掲載されました。

 

研究背景・メンデルのランダム化解析について

緑内障は、視神経が不可逆的な障害を受けることで視覚障害をきたし、本邦の中途失明の原因第一位の疾患です。国内の患者数は400万人、全世界には6000万人以上と推定されますが、眼圧を下げる以外にエビデンスのある有効な治療法が確立されていません。昨今、基礎研究を含め、緑内障の病因として、眼圧以外の要素として血圧異常や糖尿病などの様々な生活習慣が関わっている可能性が示唆されてきました。特に、耐糖能異常に関しては、諸外国の観察疫学研究を中心とするメタアナリシスにおいて、糖尿病の既往者は緑内障のリスクが約50%上昇することが報告されております(Zhao D, et al. Ophthalmology.2015)。しかしながら、従来の観察疫学研究では、糖尿病の既往歴のある人とない人や、血糖値が高い群と低い群において、緑内障の罹患リスクを比較するにとどまり、比較する群の(糖尿病以外の)背景因子(例えば、社会経済状態、人種、肥満や脂質異常などその他の生活要因)が緑内障の罹患リスクに影響を与えている可能性(=交絡[こうらく])を否定することができませんでした。また、糖尿病と診断された人は、合併症である糖尿病網膜症の定期健診のため眼科に通院している頻度が(健常人と比較して)多く、緑内障が検出されやすいという検出バイアスなども考えられます。したがって、血糖値が高いことやインスリン抵抗性が高いことが緑内障のリスクを真に上げるのか、結論づけることは難しいと考えられます。
近年、従来の観察疫学研究で問題となってきたバイアスや交絡の影響を最小限にする新しい疫学手法として、MR解析が用いられるようになりました。MR解析は、一塩基多型(single nucleotide polymorphism [SNP])(注2)などの遺伝子多型(注3)がランダムに分配されるという「メンデルの法則」(注4)を利用して、血糖値そのものではなく、ゲノム情報で予測される血糖値を用いて、緑内障リスクを比較します。ゲノム情報で予測された血糖値の高い集団と低い集団の間では、背景因子が均等になることが期待されるため、従来の観察研究に比べ交絡の影響を受けにくいという特徴があります。
そこで、本研究では、これまで行われてきた糖代謝に関連する形質(空腹時血糖値、ヘモグロビンA1c、空腹時Cペプチド)に関するSNPを用いて、MR解析により、遺伝的に予測される耐糖能異常と緑内障リスクとの関連を検討しました。


研究結果

MR解析で使用する、糖代謝に関連するSNPとして、これまで世界から報告されているSNPの情報を集めたデータベースであるGWAS(注5)カタログから網羅的にSNPを同定しました(空腹時血糖値:34SNP、ヘモグロビンA1c:43SNP、空腹時Cペプチド:17SNP)。これらのSNPのセットについて、まず、SNPと各糖代謝指標の関連の強さを推計しました。解析対象者は、J-CGEのゲノム情報と糖代謝関連指標のデータを有する参加者(ただし、すでに糖尿病の診断や治療を受けている患者は除く)で、空腹時血糖値:17,289人、ヘモグロビンA1c:52,802人、空腹時Cペプチド:1,666人でした。本研究に用いられたSNPによって、研究参加者の空腹時血糖値のばらつきの2.48%、ヘモグロビンA1cの1.22%、空腹時Cペプチドの1.04%を説明できると推定されました。
次に、SNPと緑内障の関連の強さについて、バイオ・バンクジャパンプロジェクトで集められた緑内障の症例と緑内障のない症例のGWAS(NDBC:hum0014.v17.Gla.v1)データを用いて推定しました。解析対象者は、症例が3,980人、対照群が18,815人でした。
上記の結果を用いて、2サンプルのMR解析(一つのデータセットを用いてSNP-曝露の関連を推定し、別のデータセットを用いてSNP-アウトカムの関連を推定し、それらの結果を用いて曝露とアウトカムの関連を推定する方法)を行い、各糖代謝関連指標と緑内障の関連の強さを推定しました(図1参照)。

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図1: 血糖値、ヘモグロビンA1c、Cペプチドと緑内障のMR解析のデザイン

BBJ, Biobank Japan (バイオ・バンクジャパン); FC, fasting C-peptide (空腹時Cペプチド); FG, fasting glucose (空腹時血糖値); HbA1c, hemoglobin A1c (ヘモグロビンA1c); J-MICC, Japan Multi-Institutional Collaborative Cohort Study (日本他施設共同コホート研究); JPHC, Japan Public Health Center-based Prospective Study (多目的コホート研究); MR, Mendelian randomization (メンデルランダム化); TMM, Tohoku Medical Megabank Organization (東北メディカル・メガバンク機構)

 

遺伝的に予測される血糖値が増加するにつれて緑内障のリスクは増加したが、ヘモグロビンA1c、Cペプチドと緑内障リスクの関連は認めなかった

図2に、空腹時血糖値を例に、SNPのSNP-血糖値の関連の強さ (x軸)、SNP-緑内障の関連の強さ(y軸)を図示しています。図2の中に示されている直線の傾きが、2サンプルのMR解析によって最終的に推定された血糖値と緑内障の関連の強さを意味します。MR解析には、inverse-variance weighted (IVW)法(各SNPにおける曝露のアウトカムに対する比を逆分散で重み付けして合わせることにより、全体としての曝露とアウトカムの関連の強さを求める方法)、MR-Egger法(SNPが多面的効果 [pleiotropy: 一つの遺伝子が沢山の形質に影響を与えること]を持つ可能性を統計学的に考慮する方法)、weighted median法、weighted mode法、MR-PRESSO法、など様々な手法が提案されており、複数の手法を行うことで、結果の頑健性を確認しました。
IVW法による血糖値10mg/dLの増加あたり、緑内障のオッズ比は、1.48 (95%信頼区間 1.10–1.79) 倍でした(図2)。一方、MR-Egger法において、切片が統計学的に有意に0ではなく、多面作用による影響が示唆されたことから、IVW法で示唆された血糖値と緑内障の有意な正の関連は、糖代謝以外の形質により影響を受けている可能性が示唆されました。また、他のweighted medianやMR-Egger法などでは、血糖値と緑内障の間に関連を認めませんでした。
続いて、ヘモグロビンA1cや空腹時Cペプチドと緑内障のMR解析(IVW法)を行ったところ、ヘモグロビンA1c 1%増加あたり1.44 (0.78–2.65)倍、Cペプチドの対数変換値1 (log-ng/mL)増加あたり0.89 (0.43–1.85) 倍と、信頼区間の中に(「関連無し」を意味する)1が含まれていることから、統計学的に有意に緑内障のリスクと関連しているとは言えませんでした。さらに、IVW法以外の手法を用いた時に結果が比較的大きく上下したことからも、今回の研究ではヘモグロビンA1c、Cペプチドと緑内障の関連を結論づけることは難しいと考えられました。

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図2: 血糖値と緑内障のMR解析結果

選出した34個のSNPごとに、横軸に血糖値に対する効果量、縦軸に緑内障に対する効果量をプロットした図です。青色(IVW法)および緑色(MR-Egger法)の実線の傾きは、34のSNPの血糖値に対する効果量と緑内障に対する効果量の比を統合した値に一致し、血糖値の緑内障リスクに対する関連の指標であるオッズ比に換算できます。 

 

この研究について・今後の展望

今回のMR解析により、血糖値が上昇すると緑内障リスクがあがる可能性が示唆されましたが、多面的効果による影響や、感度分析では有意な関連が得られなかったことから、結果の頑健性は確認できませんでした。従って、空腹時血糖値に関しては、既報のメタアナリシスで示されているように、因果関係があることは否定できないと考えられます。一方、遺伝的に予測されるヘモグロビンA1c、Cペプチドと緑内障の関連は認められませんでした。尚、今回の解析においてすでに糖尿病の診断がついている人を除外していることから、あくまで正常範囲内の血糖値を有する集団において、糖代謝異常が緑内障のリスクを上げる可能性が低いことを示唆しております。
MR解析は、従来の観察研究と比べ、交絡の影響を受けにくい利点を有しますが、妥当な結果を得るためには、いくつかの前提条件(①SNPが糖代謝と関連していること、②SNPが糖代謝を介してのみ緑内障の罹患に影響すること、③SNPと緑内障の罹患との間に交絡因子が存在しないこと、の3つ)を満たすことが必要です。しかしながら、本研究でこれらの前提条件が満たされていたかを完全に証明することはできません。さらに、Cペプチドに関しては、サンプル数が比較的少ないため、統計学的な検出力が不十分で関連が認められなかった可能性を否定することができず、サンプル数を増やした更なる検証が必要と考えられます。
日本を含むアジアでは、眼圧が高くない正常眼圧緑内障の割合が多く、日本人における緑内障の9割以上を占めることが判明しています。したがって、非眼圧要素以外の様々な形質と緑内障の関係をつなぐ基礎研究に加え、MR解析を含めた多角的なアプローチによる疫学研究からのエビデンスの蓄積により、多因子疾患である緑内障の原因が明らかにされ予防方法が確立されることが期待されます。


【発表論文】

雑誌名: American Journal of Ophthalmology

タイトル: Association between glycemic traits and primary open-angle glaucoma: a Mendelian randomization study in the Japanese population

著者: 羽入田明子、後藤温、中杤昌弘、須藤洋一、成田暁、中野詩織、片桐諒子、若井建志、高嶋直敬、小山 晃英、有澤孝吉、井本逸勢、桃沢幸秀、丹野高三、清水厚志、寶澤篤、木下賢吾、山地太樹、澤田典絵、岩上将夫、結城賢弥、坪田一男、根岸一乃、松尾恵太郎、山本雅之、佐々木真理、津金昌一郎、岩崎基

DOI: https://doi.org/10.1016/j.ajo.2022.09.004

【研究費】

国立がん研究センター研究開発費(28-A-19)
がんの個別化予防に資する日本における大規模分子疫学研究の共同研究体制構築に関する研究
国立がん研究センター研究開発費(31-A-18)
分子疫学コンソーシアムを活用したがんの原因究明に資する確固たるエビデンスの構築
2022年度 日本緑内障学会研究プロジェクト支援事業 

【用語説明】

(注1)ゲノム:全遺伝情報の総称。

(注2)一塩基多型:一塩基の違いによる遺伝子多型のこと。

(注3)遺伝子多型:ゲノム配列の違いのうち、1~5%以上の頻度で見られる比較的多い違いのこと。

(注4)メンデルの法則:近代遺伝学の法則で、メンデルが遺伝素因は分離され配偶子に分配されること(分離の法則)、複数の対立形質を表す遺伝素因は独立して分配されること(独立の法則)などを提唱した。

(注5) GWAS(ゲノムワイド関連解析研究):Genome-wide association studyの略。網羅的に遺伝子多型などのゲノム情報と特定の疾患や形質との関連を解析する手法。

【代表研究機関】

研究代表者
国立がん研究センターがん対策研究所疫学研究部 部長 岩崎 基

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