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日本分子疫学コンソーシアム(J-CGE)

血清脂質と大腸がんの関連:メンデルのランダム化解析

 

-日本分子疫学コンソーシアム(J-CGE)からの成果報告-

日本ゲノム疫学研究コンソーシアム(J-CGE:Japanese Consortium of Genetic Epidemiology studies)より、ゲノム情報を用いたメンデルのランダム化解析を用いて、血清脂質(総コレステロール、HDLコレステロール、中性脂肪、LDLコレステロール)と大腸がんリスクとの関連を日本人で分析しました。その研究成果を米国のがん専門誌に発表いたしましたので紹介します(Cancer Prevention Research. 2022年8月オンライン掲載)。

 

研究背景・メンデルのランダム化解析について

大腸がんは、2019年の国立がん研究センターがん情報サービス「がん登録・統計」(全国がん登録)によると、日本で年間約15万人が新たに罹患する最も多いがんで、その予防のためには、危険因子や予防因子を明らかにすることが重要な課題です。国立がん研究センター「科学的根拠に基づくがんリスク評価とがん予防ガイドライン提言に関する研究」では、喫煙や飲酒は「確実な」、肥満や高身長は「ほぼ確実な」大腸がんの危険因子であり、運動は「ほぼ確実な」大腸がんの予防因子と認められています。
一方で、血清脂質(総コレステロール、HDLコレステロール、中性脂肪、LDLコレステロール)の異常が大腸がんの危険因子であるかは、結論が出ていませんでした。過去の疫学研究のシステマティックレビュー・メタアナリシスによると、総コレステロール高値および中性脂肪高値が大腸がんの危険因子となっている可能性が示唆されました(Cancer Causes Control 2015;26:257–68)。しかし、従来の疫学研究(観察研究)は、総コレステロールが高い群と低い群、中性脂肪が高い群と低い群の大腸がんの罹患リスクを比較したものです。この時、比較される群の特徴や生活習慣は大きく異なる可能性があり、統計解析でこのような「交絡(こうらく)因子(confounding factors)」の影響を完全に取り除くことはできません。そのため、総コレステロール高値や中性脂肪高値が大腸がんと見かけ上関連しているだけなのか、それとも因果関係があるのか、結論づけることは難しいと考えられます。

 

メンデルのランダム化解析(Mendelian Randomization [MR])について

今回採用したメンデルのランダム化解析(ゲノム情報を用いた操作変数法)は、ゲノム情報で予測した形質(例:髪の色、肥満、血清脂質値など)と疾病リスクとの関連を推計することにより、従来の観察研究で問題となる交絡に対処しようとする方法です。メンデルのランダム化解析では、一塩基多型(single-nucleotide polymorphism [SNP])などの遺伝子多型(形質の違いに影響を与えるとされるゲノム情報の違い)が生まれつきランダムに分配されているという「メンデルの法則」を利用して、血清脂質値そのものではなく、ゲノム情報で予測される血清脂質値を用いて、大腸がんリスクを比較します。ゲノム情報で予測された血清脂質値の高い群と低い群の間では、背景因子が均等になることが期待されるため、従来の観察研究に比べ交絡の影響を受けにくいという特徴があります。メンデルのランダム化解析で有意な関連が認められれば、それは因果関係を示唆している可能性が高いと考えられます。
本研究では、最近行われた過去最大規模の血清脂質値のゲノムワイド関連解析(Nature 2021;600:675–9)の中で、東アジア人において血清脂質と関連することが示されたSNP(総コレステロール68 SNP、HDLコレステロール50 SNP、中性脂肪26 SNP、LDLコレステロール35 SNP)を用いて、メンデルのランダム化解析により、遺伝的に予測される血清脂質値と大腸がんリスクとの関連を検討しました。

 

研究方法

本研究では、まずSNP-各血清脂質の関連の強さを、J-CGEに含まれる多目的コホート研究(Japan Public Health Centre-based Prospective [JPHC] study)、東北メディカルメガバンク計画(Tohoku Medical Megabank Community-Based Cohort [TMM])、 日本多施設共同コーホート研究(Japan Multi-Institutional Collaborative Cohort [J-MICC] study)の中で、ゲノム情報と血清脂質値を有する参加者(ただし、すでに脂質異常症の診断や治療を受けている患者は除く)のデータを用いて推定しました。解析対象者数は、総コレステロール34,546人、HDLコレステロール50,290人、中性脂肪51,307 人、LDLコレステロール30,305人でした。本研究に用いられたSNPによって、研究参加者の総コレステロール値のばらつきの7.0%、HDLコレステロール値の10.0%、中性脂肪値の6.2%、LDLコレステロール値の5.7%を説明できると推定されました。様々な形質の中でも、血清脂質値は遺伝的に説明できる割合が比較的高いと言えます。
 次に、SNP-大腸がんの関連の強さについて、JPHC、J-MICC、長野大腸がん症例対照研究(NAGANO)、愛知県がんセンター病院疫学研究(Hospital-based Epidemiologic Research Program at Aichi Cancer Center [HERPACC])、およびBioBank Japan (BBJ)プロジェクトにおいて集められた大腸がんの症例と大腸がんのない対照(コントロール)のデータを用いて推定しました。解析対象者数は、症例が約8,000症例、対照が約38,000例でした。
 以上の結果を用いて、2-sample MR解析(あるデータセットを用いてSNP-曝露の関連を推定し、別のデータセットを用いてSNP-アウトカムの関連を推定し、それらの結果を用いて曝露とアウトカムの関連を推定する方法)を行うことにより、各血清脂質値と大腸がんの関連の強さを推定しました。この2-sample MR解析には、inverse-variance weighted (IVW)法(各SNPにおける曝露のアウトカムに対する比を逆分散で重み付けして合わせることにより、全体としての曝露とアウトカムの関連の強さを求める方法)、MR-Egger法(SNPが多面的効果を持つ可能性を統計学的に考慮する方法)、weighted median法、weighted mode法、MR-PRESSO法、など様々な手法が提案されています。主解析としてIVW法を用いながらも、他の手法も試行することにより、結果・結論の頑健性を確認しました。

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研究結果:遺伝的に予測される総コレステロール値が増加するにつれて、大腸がんリスクが増加

図2に、総コレステロールを例に、68 SNPのSNP-総コレステロールの関連の強さ (x軸)、SNP-大腸がんの関連の強さ(y軸)を図示しています。図の中に示されている直線の傾きが、2-sample MR解析によって最終的に推定された総コレステロール値と大腸がんの関連の強さを意味します。これは、総コレステロール値33.3 mg/dL (今回の研究対象集団における標準偏差)の増加あたり、大腸がんのオッズ比は1.15 (95%信頼区間 1.01–1.32) 倍でした。主解析のIVW法に加え、MR-Egger法など、他の手法を用いた時にもオッズ比の大きさは同様であり、結果は頑健であることが示唆されました。
 一方、HDLコレステロール、中性脂肪、LDLコレステロールと大腸がんのメンデルのランダム化解析では、HDLコレステロール15.4 mg/dL増加あたり1.11 (0.98–1.26)倍、中性脂肪の対数変換値0.5 (log-mg/dL)増加あたり1.06 (0.90–1.26) 倍、LDLコレステロール29.6 mg/dL増加あたり1.17 (0.91–1.50) 倍と、信頼区間の中に(「関連無し」を意味する)1が含まれていることから、統計学的に有意に大腸がんのリスクと関連しているとは言えませんでした。さらに、IVW法以外の手法を用いた時に結果が比較的大きく上下したことからも、今回の研究ではHDLコレステロール、中性脂肪、LDLコレステロールと大腸がんの関連を結論づけることは難しいと考えられました。

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図2:総コレステロール値と大腸がんのメンデルのランダム化解析の結果(論文のFigure 2を改変)

注釈:この図は、68個のSNPごとに、横軸に総コレステロール値に対する効果量(関連の強さ)、縦軸に大腸がんに対する効果量(関連の強さ)をプロットした図です。青色(IVW法)および緑色(MR-Egger法)の実線の傾きは、68個のSNPの総コレステロール値に対する効果量と大腸がんに対する効果量の比を統合した値に一致し、総コレステロール値の大腸がんリスクに対する関連の指標であるオッズ比に換算できます。主解析のIVW法では、総コレステロール値33.3 mg/dL (今回の研究対象集団における標準偏差)の増加あたり、大腸がんのオッズ比は1.15 (95%信頼区間 1.01–1.32) 倍でした。

 

この研究について・今後の展望

今回のメンデルのランダム化解析により、総コレステロール値高値と大腸がんリスク上昇の関連が示され、過去の疫学研究のシステマティックレビュー・メタアナリシス(Cancer Causes Control 2015;26:257–68)で示されていた両者の関連が、因果関係の可能性が高いことが示唆されました。また、本結果は、欧米で行われていたメンデルのランダム化解析の結果(Int J Cancer 2017;140:2701–8、Lancet Gastroenterol Hepatol 2020;5:55–62)と同様です。総コレステロール値高値と大腸がんリスク上昇が因果関係であった場合、総コレステロール値を下げるような介入(食生活改善やスタチン等の薬物療法)により大腸がんのリスクが下げられることが期待できます。
ただし、本研究の注意点として、メンデルのランダム化解析により妥当な結果を得るためには、いくつかの前提条件(①一塩基多型が形質と関連していること、②一塩基多型が形質を介してのみがんの罹患に影響すること、③一塩基多型とがんの罹患との間に交絡因子が存在しないこと、の3つ)を満たすことが必要ですが、その前提が成り立つことを完全に証明することはできないことです。そのため、本研究の結果を因果関係と解釈できない可能性が多少残ります。
さらに、今回の研究では、HDLコレステロール、中性脂肪、LDLコレステロールと大腸がんの関連を結論付けることはできませんでした。その1つの理由として、統計学的な検出力が不十分であり、解析結果の信頼区間が広くなってしまったことが挙げられます。欧米の研究の中には、LDLコレステロール値が高くなるほど大腸がんのリスクが高くなることを示している研究も認められることから(Lancet Gastroenterol Hepatol 2020;5:55–62)、日本でもさらに解析対象者数を大きくしたメンデルのランダム化解析を行うことが望まれます。
今後も、様々な形質と大腸がんの関係をつなぐ基礎研究に加え、メンデルのランダム化解析を含めさまざまなアプローチによる疫学研究からのエビデンスの蓄積により、大腸がんの原因が明らかにされ予防方法が確立されることが期待されます。

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