日本分子疫学コンソーシアム(J-CGE)
血中ビタミンD濃度と全がん・大腸がんリスクとの関連:メンデルのランダム化解析
-日本分子疫学コンソーシアム(J-CGE)からの成果報告-
日本分子疫学コンソーシアム(J-CGE:Japanese Consortium of Genetic Epidemiology studies)より、ゲノム情報を用いたメンデルのランダム化解析を用いて、血中ビタミンD濃度と全がん・大腸がんリスクとの関連を日本人で分析しました。その研究成果を専門誌に発表いたしましたので紹介します(Sci Rep. 2023年2月オンライン掲載)。
研究背景・メンデルのランダム化解析について
ビタミンDは、脂溶性ビタミンで、カルシウムとともに骨代謝において重要な役割を果たしています。また、近年の実験研究からがんを予防する効果があるのではないかと考えられています。人を対象とした観察研究でも、血中ビタミンD濃度が上昇すると、大腸がんや肺がんに罹患するリスクが低下する傾向が観察されてきました。日本人においても、血中ビタミンD濃度が上昇すると、全がん(がん全体)に罹患するリスクが低下することが報告されています(Budhathoki et al. BMJ 360:k671)。しかしこの日本人を対象とした研究では、欧米人の研究を中心に報告されている大腸がんの罹患リスク低下が観察されませんでした。こうした結果のばらつきは、従来の観察研究では、完全には取り除けない「交絡(こうらく)(confounding)」によるものかもしれません。交絡とは、興味のある要因と疾患の両者に影響を与える、生活習慣などの背景因子により、興味のある要因と疾患の関連が歪められている状態のことです。
従来の観察研究のデザインでは取り除けない交絡に対処するため、ゲノム情報で予測した血中ビタミンD濃度とがんリスクとの関連を推計する方法がメンデルのランダム化解析です。この解析では、一塩基多型(single-nucleotide polymorphism [SNP])に代表される遺伝子多型(形質の違いに影響を与えるとされるゲノム情報の違い)がランダムに分配されるというメンデルの法則を利用して、ゲノム情報で予測される血中ビタミンD濃度を用いて、全がん・大腸がんリスクを比較します。ゲノム情報で予測された血中ビタミンD濃度が高い集団と低い集団の間では背景因子が均等になっているため、交絡が生じにくいと考えられます。そこで、本研究では、血中ビタミンD濃度に関係するSNPを用いて、メンデルのランダム化解析により、遺伝的に予測される血中ビタミンD濃度と全がん・大腸がんリスクとの関連を検討しました。
研究方法
本研究では、先行研究によりビタミンDと関連があると報告されている110SNPに対して、SNPと血中ビタミンD濃度との関連の強さを、J-CGEに含まれる多目的コホート研究(Japan Public Health Centre-based Prospective [JPHC] study)と日本多施設共同コーホート研究(Japan Multi-Institutional Collaborative Cohort [J-MICC] study)の中で、ゲノム情報と血中ビタミンD濃度の値を有する対象者約4000名のデータを用いて推定しました。 次に、SNPと全がんとの関連の強さは、JPHCのデータを用いて、SNPと大腸がんとの関連の強さについては、JPHC、J-MICC、長野大腸がん症例対照研究(NAGANO)、愛知県がんセンター病院疫学研究(Hospital-based Epidemiologic Research Program at Aichi Cancer Center [HERPACC])、およびBioBank Japan (BBJ)プロジェクトにおいて集められた大腸がんの症例と大腸がんのない対照(コントロール)のデータを用いて、それぞれ推定しました。解析対象者数は、全がんの解析では、症例が約4500例、対照が約15000例、大腸がんの解析では、症例が約8,000例、対照が約38,000例でした。
以上の結果を用いて、メンデルのランダム化解析を行うことにより、血中ビタミンD濃度と全がん・大腸がんリスクとの関連の強さを推定しました。
研究結果:遺伝的に予測される血中ビタミンD濃度は全がん・大腸がんと統計学的に有意に関連していませんでした
図1に、110 SNPのSNPと血中ビタミンD濃度との関連の強さ、SNPと全がん(a)・大腸がん(b)との関連の強さを示しています。図中の直線の傾きが、メンデルのランダム化解析によって推定された血中ビタミンD濃度とがんリスクとの関連の強さを示していますが、全がん・大腸がんともに統計学的に有意な関連を認めませんでした。オッズ比(95%信頼区間)は、inverse-variance weighted (IVW)法(各SNPにおける、SNP-アウトカムの関連の強さとSNP-曝露の関連の強さの比をSNP-アウトカムの分散の逆数により重み付け平均することにより、全体としての曝露とアウトカムの関連の強さを求める方法)で全がん0.83 (0.63-1.09)、大腸がん1.00 (0.80-1.24) 、MR-Egger法(SNPが多面的効果を持つ可能性を統計学的に考慮する方法)で全がん0.83 (0.57-1.19), 大腸がん1.01 (0.75-1.37) で、こうした複数の方法で関連を検討しましたが、いずれも有意な関連を認めませんでした。
図1:血中ビタミンD濃度と全がん(a)・大腸がん(b)リスクのメンデルのランダム化解析の結果
この研究について・今後の展望
過去の観察研究では、血中ビタミンD濃度と全がん・大腸がんリスクとの間に、有意な関連・有意でない関連のどちらの報告もある一方で、メンデルのランダム化解析では有意な関連の報告はこれまでありませんでした。今回の結果は、こうしたこれまでの欧米で行われていたメンデルのランダム化解析の結果と同様です。これまで観察研究で確認されていた血中ビタミンD濃度とがんリスクとの関連は、何らかの交絡により、見かけ上の関連が観察されていた可能性も否定できません。
ただし、本研究の注意点として、メンデルのランダム化解析により妥当な結果を得るためには、3つの前提条件(①SNPが形質と関連していること、②SNPが形質を介してのみがんリスクに影響すること、③SNPとがんリスクとの関連は交絡されていない)を満たすことが必要です。複数の手法で結果に大きな違いがないことは確認していますが、前提条件が成立していない可能性も残ります。
さらに、メンデルのランダム化解析では、弱い関連を検出するためには、非常に多くの解析対象者数が必要であることも知られており、今回の研究では、ビタミンD濃度が大腸がんや全がんと弱く関連することは否定できません。ビタミンD濃度が非直線的にがんと関連する可能性を検討できなかったことも限界点の一つです。より確実な結果を得るためには、さらに日本人の解析対象者数を増やしたメンデルのランダム化解析を行うことが望まれます。