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社会的役割数と主観的不健康の関連について

社会的役割数と主観的不健康の関連について

 私たちは、生活習慣・生活環境と、がん・循環器疾患などの生活習慣が関係する疾病との関連を明らかにし、日本人の生活習慣病予防と健康寿命の延伸に役立てるための研究を行っています。2011–2016年に、次世代多目的コホート研究対象地域にお住まいで本研究への参加にご同意いただいた40–74歳の約11万5千人のうち、身体の障害および、がん・循環器疾患の既往がない60歳未満の男女50,422人のアンケート結果にもとづいて、社会的役割数(親や就業者など、同一人物が社会の中で担う役割の数)と主観的不健康(自分のことを不健康だと思うこと)との関連について検討した結果を専門誌で論文発表しましたので紹介します(J Epidemiol Community Health. 2025年2月Web先行公開)。

 

 現代の日本では、女性の就業率の上昇や高齢化、高齢の親との高い同居割合を背景に、多くの人々が配偶者、親、子ども、就業者としての役割や、地域組織やボランティア等のコミュニティでの役割など、家庭の内外で複数の社会的役割を同時に担っています。人の持つ社会的な役割は、「生きがい」や親密な社会的ネットワークの構築につながり、主観的な健康感に影響を及ぼす可能性が考えられます。すなわち、社会的役割数によって生きがいの有無、社会的ネットワークの大きさが異なり、そのため健康に違いがみられるのではないかと考えられます。
 そこで、今回の研究では、社会的役割数と主観的不健康との関連がみられるかどうか、また、その関連が生きがいの有無/社会的ネットワークの大きさによってどの程度説明されるのかを調べました。

 

研究方法の概要

 研究開始時点のアンケート回答者のうち60歳未満の男性22,180人、女性26,616人を対象として、社会的役割数と主観的不健康との関連の解析を行いました。
 社会的役割数は、アンケートにおける婚姻状況や同居家族、就業状況、地域の活動への参加に関する質問への回答から把握された、配偶者、親、子ども、就業者としての役割と、コミュニティでの役割の5つの役割を用いて検討し、対象者を社会的役割数によって、0–1個、2個、3個、4個、5個の5つのグループに分類しました。
 主観的健康感は、「全体的にみて、あなたの過去1ヶ月の健康状態はいかがでしたか?」の質問に対し、「良くない」「あまり良くない」と答えた方を主観的不健康がある方としました。
 また、社会的役割数と主観的健康観の関連が生きがいや社会的ネットワークの大きさによってどの程度説明されるのかについても調べました(図1)。生きがいは、「あなたは、生きがいがあると感じていますか?」という質問に、「非常にある」「ある」と答えた方を生きがいがある方としました。また、社会的ネットワークの大きさは、気軽に個人的な相談ができる友人や親類の数で評価し、0~6名以上の7カテゴリーを作成しました。
 解析の際には、年齢群、教育歴、世帯収入、既往歴、居住地域で統計学的に調整し、これらが結果に与える影響をできるかぎり取り除きました。

 

図1:社会的役割数と主観的不健康との関連を媒介すると考えられるメカニズム

 

社会的役割数が多い人ほど、自分が不健康だと思う人は少ない

 男女ともに、社会的役割数が多いほど、主観的不健康がある人の割合が少ないことが分かりました。本研究で最多の5つの役割を持つ人では、主観的不健康がある人の割合が最も低く、この関連は女性よりも男性で強いことが示されました。この関連に関する生きがいによる媒介効果は男女ともに50%を超え、親密な社会的ネットワークの大きさによる媒介効果は20%程度でした。つまり、生きがいはこの関連の半分以上を説明し、親密な社会的ネットワークの大きさは20%程度を説明することが示されました。

 

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図2. 社会的役割の数と主観的不健康の関連

 

まとめ

 今回の研究では、現代の日本人が担う幅広い社会的役割について検討し、男女ともに社会的役割数が多いほど、主観的不健康がある人の割合が低く、この関連は女性より男性で強いことが明らかになりました。また、生きがいがあることや、親密な社会的ネットワークの大きさによってこの関連の一部が説明されている可能性が示されました。
 性別により関連の程度が異なったことについては、男性の方が複数の社会的役割による健康への恩恵を大きく受ける一方、女性は、同じ役割数の男性よりも家庭内で担う仕事の量が多く、複数の社会的役割による健康への負荷を男性より多く受けており、総合的な健康への恩恵が少なくなっていた可能性が考えられます。

 本研究の限界としては、横断的な解析であることにより、各変数の時間的な順序を証明できないことが挙げられます。したがって、原因と結果の順序が逆になっている可能性や、今回検証したモデルとは別の順序で物事が起きている可能性を否定できず、結果については慎重に解釈すべきであり、将来的には、縦断的な研究が必要です。

 今回の研究により、社会的役割を一つでも多く持つと、生きがいの増進や、親密な社会的ネットワークの大きさの拡大により、主観的健康感が改善する可能性があることが分かりました。

 

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