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がんサバイバー労働者の心身の状態-がん既往のない労働者との比較

-がんサバイバー労働者の心身の状態-がん既往のない労働者との比較-

 

私たちは、いろいろな生活習慣・生活環境と、がんなどの生活習慣が関係する疾病との関係を明らかにし、日本人の生活習慣病予防と健康寿命の延伸に役立てるための研究を行っています。平成23-28年(2011-16年)に、次世代多目的コホート研究対象地域にお住まいで、本研究へ同意いただいた40-74歳の約11万5千人のうち、アンケートで何らかの職業に就いていると回答した40-65歳の労働者、約5万4千人のアンケート結果にもとづいて、がんサバイバー労働者(※1)の主観的不健康(自分の健康状態が良くないと思うこと)、身体的機能の低下、抑うつ症状、幸福感といった心身の状況を調べた結果を専門誌で論文発表しましたので紹介します。(J Cancer Surviv 2021年1月 Web先行公開

※1 本研究では、過去にがんにかかったことがあると回答し、また、現在、何らかの職業に就いていると回答した方を、がんサバイバー労働者と定義しました。

近年のがん治療の進歩等によってがん患者の生存率は年々向上しています。治療と就労の両立を希望して実現できるがんサバイバーが増えており、社会参加の促進のためにがんサバイバーの就労支援が進められています。先行研究では、がんサバイバーを対象とした研究において、就労していないがんサバイバーに比べて、就労しているがんサバイバー(がんサバイバー労働者)は主観的不健康、身体的機能の低下、抑うつ症状を訴える割合が低いことが報告されています。しかし、がんサバイバー労働者の主観的不健康、身体的機能の低下、抑うつ症状、幸福感を訴える割合が、がん既往のない労働者と異なるかについては報告が少なく、よくわかっていませんでした。
今回の研究では、がんサバイバー労働者の主観的不健康、身体的機能の低下、抑うつ症状、幸福感を、がん既往のない労働者と比較しました。

 

研究開始時のアンケート回答者のうち、調査時点で何らかの職業についていると回答した40-65歳の男性28,311人、女性26,068人を対象としました。「今までに、医師から次の病気があるといわれたり、次の手術を受けましたか?当てはまるものをすべてマークしてください。」の質問に対し、胃がん、大腸がん、肺がん、乳がん、前立腺がん、その他のがんのいずれか1つ以上をマークした方を、がんサバイバー労働者(がんの既往あり)としました。
その結果、がんサバイバー労働者は、男性977人(3.5%)、女性1,267人(4.9%)でした。がん部位として多かったのは男性では胃(26%)、大腸(22%)、前立腺(14%)、女性では乳(38%)、大腸(9%)、胃(8%)でした。

  

 

がんサバイバー労働者では主観的不健康や身体的機能の低下を訴える割合が高い

男女とも、がんサバイバー労働者では、がん既往のない労働者に比べて、主観的不健康を訴える割合と、身体的機能の低下があると答えた割合が、統計学的に有意に高いことが分かりました。一方、抑うつ症状がある人の割合はがんサバイバー労働者とがん既往のない労働者との間に違いはみられませんでした。幸福感を感じる割合は、がん既往のない労働者と比べてがんサバイバー労働者では、男性で統計学的に有意に高いことが分かりましたが、女性では違いはみられませんでした。(図1)

 

図1.がんサバイバー労働者の心身状態―がん既往のない労働者との比較
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(クリックで図を拡大)

 

 

まとめ

本研究では、がん既往のない労働者に比べて、がんサバイバー労働者では、主観的不健康や身体的機能の低下を訴える割合が高いことが明らかになりました。この研究結果は、日本やノルウェーの比較的小規模な研究で報告されていましたが、本研究においても同様の結果でした。先行研究では、様々ながん治療が身体的機能の低下をもたらすことが報告されており、本研究では、身体的機能の低下をがんサバイバー自身で感じていることが反映された結果と考えられます。
本研究において、男性のがんサバイバー労働者が幸福感を感じる割合が高いことがわかりました。日本人一般集団を対象とした先行研究では男性は就労して稼ぎ手となることに幸福感を感じるという報告があります。本研究結果は、男性がんサバイバーはがんから生き延びた幸福感に加えて就労していることに幸福感を感じていることを示していると考えられます。

がんサバイバーの就労復帰が政策として進められていますが、本研究の結果から、就労復帰した後も継続的にがんサバイバーに対して主観的健康感や身体的機能を向上させるためのサポートを行うことの必要性が示唆されました。
今回の研究では、がんの部位やがんを罹患してからどれくらい経過しているかを考慮した分析ができていないなどの限界があり、今後もさらなる研究が必要です。

 

 

それぞれの項目の評価について

 主観的不健康:
 主観的不健康は「全体的にみて、あなたの過去1か月間の健康状態はいかがでしたか?」の質問に対し、1=最高に良い 2=やや良い 3=良い 4=あまり良くない 5=良くない、のなかで4あるいは5と答えた方を、「主観的不健康がある」としました。
 身体的機能低下:
 身体的機能の評価は厚生労働省の障害高齢者の日常生活自立度(寝たきり度)を使用し、「身体に特に障害はない」と回答した方を「身体的機能が保たれている」とし、その他の回答(「身体に何らかの障害はあるが、日常生活はほぼ自分で出来、独力で外出する」など)を選んだ方を「身体的機能が低下している」としました。
 抑うつ症状あり:
 抑うつ症状はうつ病自己評価尺度として用いられるCES-D Scale (Center for Epidemiological Studies Depression Scale)を改変した11項目の質問を用い、8点以上の方を抑うつ症状ありとしました。
 幸福感あり:
 幸福感は「あなたはご自分がどれくらい幸せだと感じていますか?」の質問に対し、1=大変幸せ 2=幸せ 3=どちらとも言えない 4=幸せでない、のなかで1あるいは2と答えた方を幸福感があるとしました。

 

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