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レセプト情報を用いたがん罹患把握の正確さについて
レセプト情報を用いたがん罹患把握の正確さについて
私たちは、いろいろな生活習慣・生活環境とがんなどの生活習慣が関係する疾病との関連を明らかにするとともに、日本人の生活習慣病予防と健康寿命の延伸に役立てるための研究を行っています。疾病の有無を把握する方法として、医療データにおける病名や投薬の記録などを用いることがありますが、これらの情報から疾病の有無を判定し、それを研究に役立てるには、まずその正確さを検証する必要があります。本研究では、診療報酬明細情報(以下、レセプト情報)を用いて判定したがん罹患の有無について、がん登録情報を基準としたときに、どのくらい正確に判定できるか(妥当性)について調べた結果を専門誌に報告しましたのでご紹介します。(Pharmacoepidemiol Drug Saf.2022年9月公開)
本研究では、平成23年(2011年)から開始された次世代多目的コホート研究の対象者の中で、秋田県横手、長野県佐久、茨城県筑西地域にお住まいで、本研究に同意された40歳~74歳のうち、国民健康保険制度および後期高齢者医療制度を利用した男女約2万1千人を対象としました。
がん登録情報によるがん罹患の判定
妥当性検証の基準として、真にがんを罹患したかどうかを、研究開始から2015年末までのがん登録情報(地域がん登録および地域の医療機関からの情報)をもとに、全てのがん(全がん)、胃がん、大腸がん、肺がん、乳がん、前立腺がんの罹患者を確認しました。
レセプト情報を用いたがん罹患の判定方法
レセプト情報には、病名の記録と、治療行為の記録があります。本研究では、以下の4パターンの判定方法について、がん登録情報から判定したがん罹患とどのくらい一致するか比較し、その精度を検証しました。なお、レセプトの病名には診断の前に、病名に「疑い」とつく場合がありますが、それらは、すべて含めませんでした。
表1. レセプト情報によるがん罹患把握の判定方法
(1) | レセプトにおいて、がんの病名がついている場合 |
(2) | レセプトにおいて、がんの病名と、治療行為(手術・化学療法または放射線療法)がついている場合 |
(3) | DPCレセプト*の主傷病名に、がんの病名がついている場合 |
(4) | DPCレセプト*の主傷病名にがんの病名と治療行為(手術・化学療法または放射線療法)がついている場合 |
* DPC レセプト:診療群分類別包括評価(Diagnosis Procedure Combination)制度を採用している医療機関で作成された診療報酬明細情報
レセプト情報から把握した判定方法(2)でがん罹患を定義したときに妥当性が高い
約2万1千人のがん登録情報によって把握されたがんに罹患した人の内訳は、全がん454人、胃がん89人、大腸がん67人、肺がん51人、乳がん39人、前立腺がん99人でした。レセプト情報を用いた把握方法の妥当性の検証には、感度、特異度、陽性的中度(それぞれ単位は%、高いほど精度が高い)を計算しました。
判定方法(1)のレセプトの病名のみによる判定では、感度は高いものの陽性的中度が低いことが分かりました。一方、レセプトの病名と治療行為で判定した方法(2)の妥当性(感度・特異度・陽性的中度)は高く、それぞれ、全がん(87.0%・99.4%・74.5%)、胃がん(88.8%・99.9%・70.5%)、大腸がん(80.6%・99.9%・72.0%)、肺がん(86.3%・99.9%・73.3%)、乳がん(100%・99.9%・68.4%)、前立腺がん(91.9%・99.9%・89.2%)でした(図1)。
図1. レセプト情報を用いたがん把握の感度、特異度、陽性的中度
表2. 本研究における感度と特異度
感度 | がん登録でがん罹患が確認された人のうち、レセプト情報を用いた把握方法でもがん罹患ありと判定された人の割合 |
特異度 | がん登録でがん罹患が確認されなかった人のうち、レセプト情報を用いた把握方法でもがん罹患ありと判定されなかった人の割合 |
陽性的中度 | レセプト情報を用いた把握方法でがん罹患ありと判定された人のうち、がん登録でもがん罹患が確認された人の割合 |
この研究から得られたこと
一般に、疫学研究で正確な研究結果を得るためには、特異度や陽性的中度が高い把握方法を用いる必要があると考えられています。特異度や陽性的中度が低いということは、がん罹患が確認されていない対象者を誤ってがん罹患ありと判定されてしまうからです。病名のみで判定した方法(1)では、陽性的中度が低く、疫学研究のがんの定義として好ましくないと考えられます。一方、判定方法(2)で病名と治療行為を組み合わせたところ、(1)に比べて、感度のわずかな低下があったものの、陽性的中度や特異度が高くなりました。したがって、がん登録データが入手可能でない場合、全がん、胃がん、肺がん、乳がん、前立腺がんについては、レセプト情報の病名と治療行為を組み合わせて判定した罹患把握は、がん罹患の判定方法として利用可能であると考えられます。しかしながら、大腸がんに関しては、(1)と比較して、(2)では、感度が80.6%と低く、真の大腸がんを2割程度見逃していることになります。この理由として、大腸腺腫等に対する治療および診断の目的で内視鏡的切除を施行し、後に病理学的診断で大腸がんと診断された場合には、レセプト情報では大腸がんの病名と治療行為を把握できない可能性があります。このような場合には、偽陰性例(真に大腸がんであるにもかかわらず、レセプト情報ではがん罹患ありと判定されない)となり、結果として感度が低くなってしまう可能性が考えられます。
本研究の妥当性は、解析時点での治療行為を利用しているため、大幅にがん治療の方針が更新された場合には適応できない可能性があります。また、比較的大規模な一般集団において妥当性を検討しましたが、地域や保険制度が限定されているため、すべての人にあてはめられない可能性に留意する必要があります。