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2024.05.07 尿中マーカーによるナトリウム・カリウム・ナトリウム/カリウム比(Na/K比)および野菜類・果物類摂取量の判定精度と必要な尿の回数について

尿中マーカーによるナトリウム・カリウム・ナトリウム/カリウム比(Na/K比)および野菜類・果物類摂取量の判定精度と必要な尿の回数について

 私たちは、いろいろな生活習慣・生活環境と、がんなどの生活習慣が関係する病気との関連を明らかにし、日本人の生活習慣病予防と健康寿命の延伸に役立てるための研究を行っています。健康寿命の延伸を実現するためには、一人ひとりの食生活を正しく把握し、適正でない食事状況は見直してもらい、行動変容に繋げてゆくための研究も重要です。
 我が国にも、生活習慣病予防のためのナトリウムやカリウム、野菜類・果物類の摂取量に関するガイドラインが示されていますが、そのガイドラインを守るためには、まずは、一人ひとりの自身の習慣的な摂取量がそれらの基準を満たしているかの評価がスタートとなります。一方、対象者の負担軽減の観点からは、評価の回数はできるだけ少ない方が現実的と言えます。例えば、これまでに、塩分摂取量を評価するためのマーカーとして尿中ナトリウム排泄量が多く利用されてきていますが、ガイドライン基準を満たしているかどうかを少ない測定回数で判定できれば、自身の摂取量を簡便に知り、食生活を見直すきっかけとなることに役立つかもしれません。また、野菜類・果物類摂取量はカリウム摂取量に寄与していますが、尿中カリウム排泄量で、野菜類・果物類摂取量の基準を満たすかどうかを評価できるか検討した研究はほとんどありません。
 そこで本研究では、12日間の秤量食事記録に基づくナトリウム・カリウム・Na/K比、および野菜類・果物類の摂取量のガイドライン基準からの過剰または不足を、24時間蓄尿で判定する精度と、その判定に必要な回数を検討し、専門誌に報告しましたのでご紹介します(Nutrients. 2024年2月公開)。

研究方法の概要

 2012年11月~2013年12月にかけてJPHC-NEXTプロトコル採用地域である秋田県横手市、長野県佐久市および南佐久郡、茨城県筑西市、新潟県村上市・魚沼市にお住まいの40~74歳までの202名(男性80名、女性122名)の方々に、4季節それぞれ3日間の秤量食事記録(Weighted Food Records)(3-d WFR)、合計12日間のWFR(12-d WFR)と、全5回の24時間蓄尿(24-h UC)にご協力いただきました(図1)。

 

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図1. 研究スケジュール

解析方法

 まず、本研究では、各対象者の12-d WFRから算出した各栄養素の摂取量をガイドラインに照らして、過剰もしくは不足を判定し、その判定結果を「真の判定結果」としました。なお、本研究ではナトリウム・Na/K比についてはガイドラインを超える過剰摂取を、カリウム・野菜・果物についてはガイドラインに満たない摂取不足の判定を行いました。
そのうえで、24-h尿中排泄量のナトリウム・カリウム・Na/Kを検査値として用いて判定を行い、その感度・特異度(注1)の算出、ROC曲線の作成、曲線下面積(AUC)の算出を行いました(注2)。AUCはその大きさにより有用性の程度を表します。本研究では、ナトリウム・カリウム・Na/K比摂取の過剰または不足の判定にはそれぞれの尿中排泄量を、野菜類・果物類摂取量の不足の判定にはカリウムの排泄量を検査値として使用しました。それぞれの指標が有用であるかどうかについては、AUCが0.7を超え、かつその95%信頼区間(CI)の下限が0.5より大きかった場合に、過剰または不足の判定が可能であると判断しました。
また、判定に必要な尿の回数を検討するために、5回分の24-h UCに1から5までの番号をランダムに付与し、与えられた番号をもとに1回から5回までの回数分の累積平均値を算出し、これを検査値として使用した場合のAUCを、算出に用いた尿の回数で比較しました。

 

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注1. 感度・特異度とは:検査値(本研究では24-h尿中排泄量)が、ガイドライン基準からの過剰または不足がある者を正しく判定(本研究ではWFRから算出した摂取量を用いて比較)した割合を『感度』といい、ガイドライン基準からの過剰または不足がない者を正しく判定した割合を『特異度』と言います。

注2. ROC曲線、曲線下面積(AUC)とは:y軸に感度、x軸に1-特異度(偽陽性率:本来は基準からの[過剰または]不足がないのに、検査値で誤って[過剰または]不足があると判定した割合)をとり、各検査値における感度と偽陽性率をプロットします。感度100%、偽陽性率0%となる左上に近い点を得られる曲線が最も望ましく、その曲線の下の面積(AUC)が大きいほど評価判定に適する有用性を持つと言えます。

 

 

ナトリウム・カリウム・Na/K比の過不足判定の精度

 ナトリウム・カリウム・Na/K比はいずれも、男女ともに5回分の尿中排泄量によって(習慣的な摂取量の)過不足者の判定のための有用性が示されました。注目すべき点は、検査値として使用した尿の累積回数を減らして(ランダムに選択された)1回だけを用いても、この判定の精度が変わらなかったことです(表1)。

 

表1. ナトリウム・カリウム・Na/K比のAUC・95%CI

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※カットオフ値は、最も感度・特異度が高くなるポイント

野菜類・果物類の不足判定の精度

 野菜類摂取量の不足者の判定については、5回分の尿中カリウム排泄量の累積平均値を検査値として用いた場合、その有用性が示されました。この判定の精度は、ランダムに選択された1回分の尿のみを用いた場合にも保たれていました(表2)。果物類については、5回分の尿中カリウム排泄量を使用しても、果物類摂取量不足者を判定するための有用性は示されませんでした。


表2. 野菜類・果物類のAUC・95%CI

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この研究からわかること

 12日間にわたり、調味料を含むすべての飲食物の摂取量を量って記録するWFRに基づくナトリウム・カリウム・Na/K比・野菜類摂取量の過剰または不足の判定を、1回分の24-h尿中排泄量に基づいて行った場合の有用性が示されました。例えば、一回の尿中カリウム排泄量が男性で3149mg, 女性で3348mg未満の場合に、習慣的な野菜の摂取量が、基準とした350gに届いていないと判定できたことを意味します。一方で、尿中カリウム排泄量では、その累積回数にかかわらず、果物類の摂取量不足を判定することはできないことがわかりました。
 ただし、本研究で使用した24時間蓄尿は対象者の負担が大きいため、より簡便な方法である随時尿を使用したさらなる研究が必要であると考えられます。

果物類の不足判定の精度について

 果物類の摂取を判定できなかった理由として2つ考えられます。1つ目は、果物類のカリウム摂取量への寄与が野菜類と比較して小さいことです。カリウム摂取量のうち30.6%が野菜類からの摂取である一方で果物類からの摂取は7.3%と小さいことから、カリウム排泄量は果物類摂取量のマーカーとして不向きであった可能性が考えられます。2つ目は、果物類摂取量のばらつきが大きいことです。果物類摂取量の日ごとのばらつきは野菜類や他の栄養素よりも大きく、本研究で真の値として使用した12-d WFRでは習慣的な摂取量を捉えられていなかったために判定ができなかった可能性があります。

 

この結果は今後、食事摂取を適正な方向へ導くための行動変容や、健康教育に役立たせるための摂取量評価・判定のエビデンスとして役立つものと期待されます。

 

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