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2024.5.17 重回帰法を用いたNa排泄量・Na/K比の予測式開発と内的妥当性の検証

重回帰法を用いたNa排泄量・Na/K比の予測式開発と内的妥当性の検証

 

私たちは、いろいろな生活習慣・生活環境と、がんなどの生活習慣が関係する疾病との関連を明らかにし、日本人の生活習慣病予防と健康寿命の延伸に役立てるための研究を行っています。
ナトリウム(Na)やカリウム(K)は、人が必要とするミネラルの一種で、Naの主要な摂取源は食塩、Kの主要な摂取源は野菜や果物です。Naの過剰摂取は健康寿命に関係すること、また、ナトリウムとカリウムの比(Na/K比)はNa単体よりも循環器疾患への罹患とより強く関連することも示唆されています。日本は食塩摂取量が多く、2019年国民健康・栄養調査による平均値は、男性11.3g/日、女性9.5g/日であり、日本人の食事摂取基準(2020年版)の目標量(男性7.5g/日、女性6.5g/日)に対しても非常に高値です。減塩のためには、まず食塩摂取量やNa/K比に対して影響の大きい食品や食生活を明らかにすること、そして、自身の摂取量を把握するために、食塩の摂取量やNa/K比を正しく測定することが重要です。日本の食事では、Naは調味料を中心に、Kは野菜や果物を中心に多種多様な食品から摂取されているため、摂取量の正確な測定は難しい課題です。NaおよびKの摂取量評価において、最も精度が高いと考えられているもの(ゴールドスタンダード)は、24時間蓄尿を複数回行うこととされています。一般的に、食物摂取頻度調査票(FFQ)では、FFQから算出された食品ごとの摂取量に対して、成分表に基づいてNaやKの量を掛け合わせる方法(成分表法)に基づいて摂取量を求めています。しかし、ゴールドスタンダードが存在する栄養素は、食事摂取頻度調査票(FFQ)の食品項目(頻度・量)を組み合わせて、その値を予測する式を作成する方法(重回帰法)を用いることで、摂取量評価の精度が上がることが報告されています。
本研究では重回帰法により、FFQから得られる食品や食行動の中から複数回の尿中Na排泄量及びNa/K排泄量比に影響の大きいものを明らかにし、その組み合わせにより、これらを予測する式を作成しました。さらに、この予測式の内的妥当性も検討し、専門誌に報告しましたのでご紹介します(Sci Rep. 2024年4月公開)。

 

研究方法の概要

 2012年11月~2013年12月にかけて、JPHC-NEXTプロトコル採用地域である秋田県横手市、長野県佐久市および南佐久郡、茨城県筑西市、新潟県村上市および魚沼市にお住まいの40~74歳までの235名(男性94名、女性141名)の方々に、1年間を通じて5回の24時間蓄尿と調査終了時のFFQにご協力いただきました(図1)。

図1. 研究スケジュール

 

① 予測式の開発

 まず、FFQの質問項目の中から、24時間尿中Na排泄量やNa/K排泄量比に影響の大きいものを選択しました。先行研究に基づき、候補として「みそ汁の味付けの好み、みそ汁の杯数、食卓での醤油の使用、麺の汁を飲む量、香辛料類・加工肉・塩蔵魚・漬け物・麺類・インスタント食品・外食の各頻度、野菜・果物・乳製品の各摂取量四分位」を使用し、これらが尿中Na排泄量またはNa/K比の増減にどの程度影響しているかを、重回帰分析(注1)を用いて検討しました。図2に示した8項目について、統計学的に有意であった項目を、Na排泄量またはNa/K比を予測する式に含める変数(決定因子)としました。

注1. (重)回帰分析とは:観察や実験の結果得られた測定値に相関(関連性の強さ)がある場合, ひとつの測定値Y(目的変数)を別の測定値X、X1、X2…XX(説明変数)から予測する式を作成し、Y=aX+bの形でその関係性を説明することをいいます。特に、説明変数が複数ある場合を重回帰分析といいます。本研究では、尿中Na排泄量(Y)に、各食行動や食品(X)がどのくらい影響しているかを調べました。傾き(a)が大きいほど、説明変数が結果に強く関連していると言えます。

 

 候補とした変数それぞれと調整要因(性別、年齢、BMI、飲酒頻度、喫煙状況)を回帰式に投入した結果、Na排泄量の決定因子は、みそ汁の味付けの好み、漬け物の摂取頻度、食卓での醤油の使用、みそ汁の杯数、麺の汁を飲む量の5つでした。Na/K比の決定因子は、みそ汁の味付けの好み、食卓での醤油の使用、野菜摂取量、果物摂取量、乳製品摂取量(それぞれ四分位)の5つでした。
(「傾き」は、頻度が一段階上昇するごとに、NaやNa/K比がどれだけ増加するか[マイナスの場合は減少]を表しています。)

 

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図2. 尿中Na排泄量やNa/K排泄量比の決定因子と、その関連

24時間尿中Na排泄量(調整済)24時間尿中Na/K比(調整済)

*傾向性P<0.05、 **傾向性P<0.01

調整要因:性別、年齢(連続量)、BMI(連続量)、飲酒頻度、喫煙有無

 


上記で得られた決定因子ごとの傾きにより、下記のように予測式を作成しました。

 

Na排泄量=

みそ汁の味付けの好み×145

+食卓での醤油の使用×87

+麺の汁を飲む量×104

+漬け物頻度×163

+みそ汁一日杯数×170

-性別×529

+BMI×102

+年齢×3

+高血圧薬の使用×30+865

 

Na/K比=

みそ汁の味付けの好み×0.21

+食卓での醤油の使用×0.29

-野菜摂取量四分位×0.11

-果物摂取量四分位×0.15

-乳製品摂取量四分位×0.13

-性別×0.26

+BMI×0.08

-年齢×0.01

+高血圧薬の使用×0.06+1.73

 
② 重回帰法による予測式の内的妥当性(予備的な検討) 

 本研究では、重回帰法により作成した予測式が今回の研究対象集団内での内的妥当性を有していることを確認するために、予備的な検討を行いました。①では、対象者全体のデータを使用して予測式を作成しましたが、内的妥当性の検討では、対象者を式作成群(126名)と検証群(118名)の2群に分け、式作成群のみのデータで改めて①と同様の手順で重回帰法による予測式を作成しました。したがって、ここで作成した予測式は、①で得られたものと全く同じではありません。そのうえで、式作成群の予測式に基づいて検証群の予測値を算出し、検証群の尿中排泄量をどれだけ正確に評価できているかを求めるために、相関係数を求めました。同時に、検証群におけるFFQから算出された成分表法による摂取量と尿中排泄量との相関を求め、両者を比較しました。(相関係数:1に近づくほど妥当性が高い。)
 その結果、検証群において、男性のNa排泄量を除いては、重回帰法に基づく摂取量と排泄量との相関係数は、成分表法での相関係数を上回りました(女性:Na:重回帰法0.43、成分表法0.29、Na/K比:重回帰法0.50、成文表法0.33(図3)、男性:Na: 重回帰法0.42、成分表法0.46、Na/K比:重回帰法0.49、成分表法0.38)(図なし)。

 

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図3. 尿中排泄量と、重回帰法もしくは成分表法による摂取量の相関係数(検証群、女性)

 

この研究からわかること 

 尿中Na排泄量に対しては、みそ汁の味付けの好み・食卓での醤油の使用・麺の汁を飲む量・漬け物の摂取頻度・みそ汁の杯数が決定因子となり、Na/K排泄量比に対してはみそ汁の味付けの好み・醤油の使用に加え、野菜・果物・乳製品の各摂取量(それぞれ四分位)が決定因子となることと、その影響の大きさが明らかになりました。これらの結果に基づいて重回帰法で尿中排泄量を予測した場合、成分表法による摂取量よりもゴールドスタンダードに近い精度で評価できる可能性が見出されました。
 この研究では、開発した予測式自体が他の集団でも当てはまるかの検証はできていないため、今後、今回の研究とは異なる集団で妥当性を検討する必要があります。

 

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