現在までの成果
地域の社会経済的状況を示す指標(地理的剥奪指標:ADI)と個人の所得・教育歴との関連について
地域の社会経済的状況を示す指標(地理的剥奪指標:ADI)と個人の所得・教育歴との関連について
―次世代多目的コホート研究(JPHC-NEXT)からの成果報告―
私たちは、様々な生活習慣と、がん、糖尿病、心筋梗塞などの病気との関連を明らかにし、日本人の生活習慣予防と健康寿命の延伸に役立てるための研究を行っています。2011~2016年に次世代多目的コホート(JPHC-NEXT)研究の対象地域にお住まいで、研究に同意いただいた40~74歳の男女約10万人と、2023年によこはま健康研究(YHS:Yokohama Health Study)の対象地域にお住まいで、研究に同意いただいた30~69歳の男女約9千人を対象に、居住地域の社会経済的な状況を示す「地理的剥奪指標(Area Deprivation Index:ADI)」が、個人の所得や教育歴をどの程度反映しているかを調べた結果を専門誌に発表しましたので、ご紹介します(Journal of Epidemiology. 2026年8月Web先行公開)。
所得や教育歴、職業などの社会経済的状況によって、病気のなりやすさや死亡率などに違いがみられることが知られています。このような健康格差を把握するためには、がん登録や行政データなどの大規模なデータで一人ひとりの所得や教育歴などの情報を用いて検討するのが望ましいものの、こうした個人の社会経済的状況に関する情報が得られないことが少なくありません。そこで、個人の情報の代わりに、居住地域の社会経済的状況を表す指標が用いられることがあり、その一つが「地理的剥奪指標(ADI)」です。ADIは、国勢調査から得られる世帯構成、住宅の状況、職種などの地域ごとの情報を組み合わせて、その地域の社会経済的な不利の程度を表した指標です。値が高いほど、社会経済的に不利な状況にある地域であることを示します。
しかし、地域の状況を表すADIが、そこに住む一人ひとりの所得や教育歴を実際にどの程度反映しているのかについては、十分に明らかになっていませんでした。そこで本研究では、地域や年代などの背景が異なる2つの地域住民コホートを用いて、ADIと個人の所得・教育歴との関連に、共通した傾向がみられるかを調べました。
研究方法の概要
今回の研究では、JPHC-NEXTのベースライン調査に参加した40~74歳の100,024人と、横浜市で実施されているYHSのベースライン調査に参加した30~69歳の8,860人を解析対象としました。全国の郵便番号地域のADIの分布をもとに、地域の社会経済的な不利の程度に応じて4つのグループ(Q1~Q4)にわけ、最も低いQ1から最も高いQ4とし、研究参加者の居住地の郵便番号に応じてそれぞれのグループに割り当てました。個人の社会経済的状に不利な状況を示す指標として、ADIの構成要素には含まれない所得と教育歴に注目しました。所得については、世帯所得を世帯人数で調整した「等価所得」が153万円未満の場合を低所得水準としました。教育歴については、小学校入学からの通算就学年数を用い、中学校卒業までの「9年以下」と高校卒業までの「12年以下」の2つの基準を設定しました。そして、年齢による違いの影響を考慮したうえで、ADIが最も低いQ1を基準として、Q2~Q4の各群で「等価所得153万円未満」、「教育歴9年以下」、「教育歴12年以下」のオッズ比を、男女別に比較しました。
ADIが高い地域ほど、等価所得153万円未満に該当する傾向がみられる
JPHC-NEXT、YHSの集団いずれにおいても、男女ともに、ADIが高くなるほど等価所得153万円未満に該当する傾向が認められました(図1)。また、所得は年齢や退職などの影響を受ける可能性があるため、60歳未満と60歳以上に分けた解析も行いましたが、いずれの年齢層でも同様の傾向がみられました(図なし)。
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【図1 ADIと低所得との関連】
ADIと教育歴との関連は、対象となる集団や教育歴の区切り方によって異なる
教育歴9年以下の者については、JPHC-NEXTとYHSのいずれの集団においても、男女ともに、ADIが最も低いQ1と比べて、最も高いQ4で、教育歴9年以下に該当するオッズ比が高く、ADIの上昇に伴う傾向性の検定も有意でした(図2)。一方、教育歴12年以下の者については、結果が異なりました。JPHC-NEXTの集団において、男性ではQ1と比べてQ4で教育歴12年以下に該当するオッズ比が高く、傾向性の検定も有意でしたが、女性では明確な関連は認められませんでした。一方、YHSの集団では男女ともに、ADIが高いほど教育歴12年以下に該当する傾向がみられ、傾向性の検定も有意でした(図3)。
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【図2 ADIと教育歴9年以下との関連】
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【図3 ADIと教育歴12年以下との関連】
まとめ
今回の研究から、ADIは、個人の所得に関連する不利な状況を比較的一貫して反映していることが示されました。教育歴9年以下の者についても、両対象集団の男女ともにADIの上昇に伴う有意な傾向性が認められ、特にADIが最も低いQ1と比べて、最も高いQ4では教育歴9年以下に該当するオッズ比が高くなりました。
一方、ADIと教育歴12年以下の者との関連は、対象集団および性別によって異なり、JPHC-NEXTの集団の女性では、ADIが高くなることに伴う明確な関連は認められませんでした。この違いには、それぞれの研究参加者が生まれ育った時代や地域における進学機会の違いなどが関係している可能性が考えられます。たとえば、JPHC-NEXTの参加者には、現在ほど大学への進学が一般的ではなかった世代も多く含まれており、特に女性では、教育歴がその後の社会経済的状況を必ずしも反映しなかった可能性があります。
本研究の限界として、社会経済的に不利な状況にある人は、調査への参加率が低い傾向にあることや、所得などの質問に対する回答が得られにくい可能性があり、これらの要因が研究結果に影響している可能性があります。
以上より、個人の所得や教育歴などの情報を直接得ることができない場合に、ADIを用いて集団レベルの健康格差を把握することは有用であると考えられます。一方で、教育歴に関連する不利や、それによる健康格差については、ADIだけでは十分に捉えられない可能性があり、ADIを個人の社会経済的な状況の特定の側面を代わりに表す指標として用いる場合には、慎重に解釈する必要があります。
