現在までの成果
仕事と家庭間での葛藤と主観的不健康について
-次世代多目的コホート研究(JPHC-NEXT)プロトコル採用地域の中高年住民における検討-
私たちは、いろいろな生活習慣・生活環境と、がんなどの生活習慣が関係する疾病との関係を明らかにし、日本人の生活習慣病予防と健康寿命の延伸に役立てるための研究を行っています。平成23-24年(2011-12年)に、長野県佐久保健所管内にお住まいで、本研究へ同意いただいた40-74歳の約3万人のうち、65歳未満の働く世代の男女約15000人のアンケート結果にもとづいて、仕事と家庭間での葛藤と主観的不健康(自分のことを不健康だと思うこと)との関連を調べた結果を専門誌で論文発表しましたので紹介します。(PLoS One. 2017 Feb 16;12(2):e0169903)
共働き世帯やひとり親世帯の増加、あるいは高齢者介護のニーズの増加に伴い、近年、仕事と家庭間での葛藤が健康に与える影響について、関心が高まっています。日本では、女性の社会進出が進み、働く女性は増えているものの、女性が果たしている家庭での役割(家事全般や育児、介護など)は以前と変わらない状況にあると言われています。こうした背景から、仕事と家庭間での葛藤は男女で異なり、健康に与える影響も異なることが考えられます。今回の研究では、仕事と家庭間での葛藤と主観的不健康との関連が男性と女性で異なるかどうか、また健康に影響を及ぼすとされる社会経済的状況によって異なるかどうかを検証しました。
2011-2012年に佐久地域で実施されたアンケート回答者のうち、65歳未満の働く世代の男性7633人、女性7070人を対象として仕事と家庭間の葛藤と主観的不健康との関連の解析を行いました。仕事と家庭間の葛藤は、仕事から家庭への葛藤あるいは家庭から仕事への葛藤のそれぞれについての質問(文末参照)から、1) 仕事から家庭への葛藤が低く、家庭から仕事への葛藤も低い、2) 仕事から家庭への葛藤が低く、家庭から仕事への葛藤は高い、3) 仕事から家庭への葛藤が高く、家庭から仕事への葛藤は低い、4) 仕事から家庭への葛藤が高く、家庭から仕事への葛藤も高い、の4つのグループに分け、1)のグループを基準としました。主観的不健康は、「全体的にみて、あなたの過去1か月間の健康状態はいかがでしたか?」と質問し、 1=最高に良い 2=やや良い 3=良い 4=あまり良くない 5=良くない、の何れかで回答していただき、主観的不健康がある人は回答4, 5と答えた人、と定義しました。
仕事と家庭間の葛藤と主観的不健康の関連は女性でより強い
仕事と家庭間の葛藤と主観的不健康の関連は男女ともにあり、仕事から家庭への葛藤も、家庭から仕事への葛藤も低いグループと比較して、仕事から家庭への葛藤も、家庭から仕事への葛藤も高いグループでは、男性では2.46倍、自分で不健康だと感じ、女性では3.54倍、自分で不健康だと感じており、男性よりも女性で強い関連がありました(図1)。仕事から家庭への葛藤が低く、家庭から仕事への葛藤が高い場合には、男性と女性とではほぼ同様の結果が見られますが、仕事から家庭への葛藤が高く、家庭から仕事への葛藤は低い場合では、男性(調整オッズ比1.82)より女性(調整オッズ比2.39)で関連がやや強い傾向が見られました(図1)。
仕事から家庭への葛藤:仕事の事情(役割)により、家庭での役割を果たす際に生じる(役割)葛藤 家庭から仕事への葛藤:家庭の事情(家庭での役割)により、仕事上の役割を果たす際に生じる(役割)葛藤 調整因子:年齢、教育歴、雇用状況、職業、家庭内の役割、ソーシャル・サポート、高血圧、糖尿病、高脂血症の既往
世帯収入による検討
世帯収入は、仕事と家庭間の葛藤と主観的不健康と関連していると思われるので、世帯収入の違いによる関連をみてみました。男性では、世帯収入による仕事と家庭間での葛藤と主観的不健康との関連に違いは見られませんでした。女性では、世帯収入の低いグループで、仕事から家庭への葛藤が低く、家庭から仕事への葛藤も低い群と比較して、仕事から家庭への葛藤が高く、家庭から仕事への葛藤も高い群では4倍以上のオッズ比を示し、より顕著な関連が見られました。
今回の研究により、仕事と家庭間での葛藤は、自覚的健康感に影響を及ぼす一つの要因と考えられ、その関連は男性と女性によっても異なることが分かりました。また、女性の場合には、所得によっても影響が異なる可能性もありますが、今回の研究が横断研究であることから、仕事と家庭間での葛藤と健康との関連について、また社会経済的状況が影響を及ぼすかについては、今後もさらに検討していく必要があります。
(参考資料)
本研究で用いた「仕事と家庭間の葛藤」の指標:
仕事から家庭への葛藤
質問1. 仕事のため、家族と過ごす時間が減る
質問2. 職場での問題のため、家でいらいらする。
質問3. 出張で家を空けることが多い。
質問4. 仕事で非常にエネルギーを使うため、家庭では注意力が必要なことができないと思う。
家庭から仕事への葛藤
質問5. 家庭内の問題によって仕事に専念できる時間が減る。
質問6. 家庭内の心配または問題によって仕事から気持ちがそれる。
質問7. 家事によって仕事をよく行うために必要な睡眠時間が取れなくなる。
質問8. 家庭内での責任によってリラックスしたり1人になるための時間が減る。
各質問の点数(0点 = 全くない1点 = ある程度ある 2点 =よくある)の合計点を中央値で2群に分け、仕事から家庭への葛藤は0–2点の群を「低い」、 3–8点の群を「高い」としました。家庭から仕事への葛藤は 0点の群を「低い」、1–8点の群を「高い」としました。