科学的根拠に基づくがんリスク評価とがん予防ガイドライン提言に関する研究
糖尿病とがん発生リスク
日本のコホート研究のプール解析
糖尿病とがん発生リスク
他国と同様、日本では糖尿病の有病率の上昇が公衆衛生上の問題になっています。糖尿病とがん発生の関連を示唆する研究は多くありますが、糖尿病自体ががんの要因になっているのか、あるいは、糖尿病とがんが肥満や運動不足といった共通の要因を持っているため、見かけ上リスクが上昇しているだけなのかははっきりしていませんでした。
そこで今回、私たちは8つのコホート、33万人以上のデータを併せたプール解析による定量評価を行い、糖尿病の罹患歴ががん発生のリスクに与える影響を各部位および全がんに関して推計し、その成果を専門誌に発表しました(Cancer Sci. 2013年7月 WEB先行公開)。
コホート名 | ベースライン時年齢 | ベースライン | 年齢範囲 | 最終フォローアップ | 平均フォローアップ期間 | コホートの大きさ | がんの発生件数 | ||
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男 | 女 | 男 | 女 | ||||||
JPHC-I | 40–59 | 1990 | 40–59 | 2008⁄12⁄31 | 16.4 | 20,288 | 21,806 | 2,915 | 1,949 |
JPHC-II | 40–69 | 1993–1994 | 40–69 | 2008⁄12⁄31 | 13.3 | 29,217 | 32,484 | 4,003 | 2,370 |
JACC | 40–79 | 1988–1990 | 40–79 | 2009⁄12⁄31 | 12.9 | 23,261 | 33,260 | 3,432 | 2,436 |
MIYAGI | 40–64 | 1990 | 40–64 | 2003⁄12⁄31 | 12.5 | 22,395 | 24,064 | 2,335 | 1,531 |
Ohsaki | 40–79 | 1994 | 40–79 | 2005⁄12⁄31 | 8.9 | 23,003 | 25,080 | 3,235 | 1,786 |
3-pref MIYAGI | 40–98 | 1984 | 40–98 | 1992⁄12⁄31 | 7.5 | 13,734 | 17,070 | 1,136 | 786 |
3-pref AICHI | 40–103 | 1985 | 40–103 | 2000⁄12⁄31 | 11.5 | 10,846 | 12,231 | 1,048 | 754 |
TAKAYAMA | 35– | 1992 | 35–101 | 2008⁄3⁄31 | 13.3 | 14,173 | 16,547 | 1,974 | 1,514 |
合計 | 156,917 | 182,542 | 20,078 | 13,126 |
糖尿病の罹患歴と発がんリスクの間には関連が見られる
糖尿病の罹患歴のない場合を基準として、罹患歴がある場合の相対的な発がんリスクを全がんおよび各部位毎に推計し、結果を男女全体、男性のみ、女性のみに分けて下の図に示しました。図中、ひし形は相対リスクの推計値を、上下の破線は95%信頼区間を表しています。脳血管疾患、冠動脈疾患、喫煙、飲酒、BMI、身体活動、緑色葉野菜の摂取、コーヒーの摂取といった、がん発生に影響を与えうる交絡要因の偏りが推計結果に影響を及ぼさないように統計的に補正を行いました。また、がん発生による糖尿病罹患の可能性をできるだけ除くため、ベースラインから3年以内に発がんした対象者は分析対象から除いてあります。
男女全体の結果を見ると、糖尿病の罹患により全がんのリスクに有意な上昇が見られます(ハザード比: 1.19、95%信頼区間: 1.12 – 1.25)。部位別に見ると結腸(1.40)、肝臓(1.97)、すい臓(1.85)のがんに関して有意なリスクの上昇が見られました。また男性では胆管がんに関して有意なリスクの上昇(1.66)が見られました。
この研究について
この研究の限界としては、いくつかの点を挙げることができます。ひとつは、糖尿病の診断を自己申告に拠っていることです。ただ、1つの研究において行われた検証では、糖尿病の自己申告と医療記録の間には十分高い一致が見られています。もうひとつ限界としては、大規模な研究であるにもかかわらず、いくつかの部位のがんについてはサンプル数が十分とは言えない点が挙げられます。
この研究の強みとして第一に挙げられるのは、日本において進行中の前向き研究のほとんどを含んでおり、各コホートの世代や研究期間が重なっているという点です。これらコホート研究をプールすることによって、日本人における糖尿病の影響について安定的な定量的推計を行なうことができます。また、各研究においては、糖尿病の罹患歴はがん発生より前に調査されており、思い出しバイアスが排除されています。加えて、各研究間の交絡要因は適切にコントロールされており、発表された論文に基づくメタ分析で起こりがちな不均質性の問題がほとんど排除されています。エンド・ポイントとして死亡ではなくがん発生を用いている点は、糖尿病とがん発生リスクの関連を直接に分析する点で有利です。
この研究により、糖尿病は全がんのリスクをおよそ20%の上昇させることがわかりました。これら2つの疾病の関連から、ライフスタイル要因の重要性が再認識されます。糖尿病の有病率の世界的な増加とそのがんとの関連を考えると、糖尿病のリスク要因の研究をさらに進めていくことも重要であると言えます。