科学的根拠に基づくがんリスク評価とがん予防ガイドライン提言に関する研究
飲酒と大腸がんリスク
日本の疫学研究に基づく関連性の評価
日本の研究結果から、日本人のがん予防を考える
「生活習慣改善によるがん予防法の開発と評価」研究班では、主要なリスク要因について、がん全般、および肺がん、胃がん、大腸がん、乳がん、肝がんリスクとの関連を調べた国内の疫学研究を収集し、個々の研究についての関連の強さの確認と科学的根拠としての信頼性の総合評価を行っています。(研究班ホームページ)
関連の強さについて、「強い」「中程度」「弱い」「なし」の4段階で個々の研究を評価し、研究班のメンバーによる総合的な判断によって、科学的根拠としての信頼性について「確実」「おそらく確実」「可能性がある」「不十分」の4段階で評価するシステムとしました。その際、動物実験や作用機序に関する評価については、既存の機関が行ったレビューを引用することにしました。さらに、関連が「確実」あるいは「おそらく確実」と判定された場合には、メタアナリシスの手法を用いた定量評価を行い、その影響の大きさについての指標を推定することにしました。
その研究の一環として、このたび、飲酒と大腸がんについての評価の結果を専門誌に報告しました。(Jpn J Clin Oncol 2006年9月36巻582-597ページ)
飲酒によって、日本人の大腸がんリスクがおそらく確実に高くなる
日本では近年、大腸がんの増加が問題となっています。この増加の原因は、生活習慣の変化にあると考えられています。特に男性で大腸がんの増加率が著しく高いことから、男女の生活習慣の差も視野に入れる必要がありそうです。日本人男性には、よくお酒を飲む人やたばこを吸う人が多いことから、飲酒や喫煙の影響が疑われます。
これまでに、数多くの研究で飲酒と大腸がんの関連が報告されていますが、発がんとの因果関係ははっきりしていません。世界がん研究基金と米国がん研究所の報告書(1997年)によると、飲酒は大腸がんの「ほぼ確実」なリスク要因として分類されていますが、世界保健機構(WHO)の専門委員会の評価(2003年)では、大腸がんは飲酒関連がんのリストには含まれていません。
欧米人に比べ、日本人にはお酒に弱い体質を決める遺伝子タイプの人が多いことが知られ、飲酒による健康影響が大きいのではないかと懸念されています。
今回、改めて、2005年までに報告された大腸がんリスクと、さらに大腸の詳細部位別のがんのリスクについて、日本人を対象とした疫学研究結果をまとめ、評価しました。このテーマについて報告された疫学研究には、5つのコホート研究と13の症例対照研究がありました。それらを検討した結果、日本では、飲酒によって大腸がんリスクがおそらく確実に高くなるという結論になりました。
コホート研究
まず、コホート研究の結果をまとめました(表1)。結腸または直腸のがんを調べた4つのコホート研究のうち、男性では3つの研究で結腸がんと強い、または中程度の関連がみられ、もうひとつの研究でもS状結腸がんとの強い関連を認めています。女性でも結腸、またはS状結腸がんと中程度の関連がみられます。
直腸に関しては、1つの研究が男性で強い関連を示していますが、他の3つは男女とも弱い関連しか認められません。結腸と直腸をあわせて調べた2つの研究では、男性で強い関連がみられましたが、女性では明らかな関連を認めませんでした。
<文献>
- Kono S et al. Jpn J Cancer Res 1987;78:1323-8.
- Hirayama T. Lancet 1989;2:725-7.
- Hirayama T. Contributions to Epidemiology and Biostatistics. Volume 6. 1990.
- Shimizu N et al. Br J Cancer 2003;88:1038-43.
- Otani T et al. Cancer Epidemiol Biomarkers Prev 2003;12:1492-500.
- Wakai K et al. J Epidemiol 2005;15(Suppl 2):173-9.
症例対照研究
次に13の症例対照研究をみてみます(表2)。結腸または直腸のがんを調べた研究が10、結腸のみについて調べた研究が1つありました。そのうち2つの研究では、飲酒量が多い人で結腸がんリスクが低いという結果が出ています。他の3つの研究では結腸がんとの強い関連が、またひとつは結腸遠位部のがんと弱い関連が認められます。
同じような結果が直腸がんについても出ていますが、結腸がんほど顕著ではありません。直腸と結腸を併せて分析した4つの研究のうち、3つで飲酒との強い関連がみられ、あと1つは弱い関連が示されています。強い関連を認めたどの研究にもはっきりした量-反応関係、すなわち飲酒量が増えるほど大腸がんリスクが高まるという関係がみられます。
<文献>
- Kondo R. Nagoya Med 1975;97:93-116 (in Japanese).
- Watanabe Y et al. Nippon Shokakibyo Gakkai Zasshi 1984;81:185-93 (in Japanese).
- Tajima K and Tominaga S. Jpn J Cancer Res 1985;76:705-16.
- Kato I et al. Jpn J Cancer Res. 1990; 81: 115-21.
- Kato I et al. Jpn J Cancer Res 1990;81:1101-8.
- Yoshida K et al. Jpn J Cancer Clin 1992;38:371-8 (in Japanese).
- Hoshiyama Y et al. Tohoku J Exp Med 1993;171:153-65.
- Kotake K et al. Jpn J Clin Oncol 1995;25:195-202.
- Inoue M et al. Cancer Causes Control 1995;6:14-22.
- Murata M et al. Cancer Detect Prev 1996;20:557-65.
- Yamada K et al. Cancer Causes Control 1997;8:780-5.
- Ping Y et al. Environ Health Prev Med 1998;3:146-51.
- Murata M et al. Jpn J Cancer Res 1999;90:711-9.
結論
以上をまとめ、飲酒との関連を科学的根拠の信頼性の点から評価したところ、飲酒によって、大腸がん、とくに結腸がんリスクがおそらく確実に上がるという結論になりました。次の段階として、日本の4つの大規模コホート研究のデータを用いて、飲酒量ごとの相対危険度を求めるメタアナリシスを予定しています。
日本人と欧米人
日本人と欧米人では飲酒と大腸がんの関連の強さに差があります。欧米での複数のコホート研究をまとめて分析した結果では、日本酒換算で1日に2合以上を摂取する人の結腸がんのリスクは飲まない人の1.2倍でした。一方、日本人を対象に行われた最近の3つのコホート研究では、飲酒しない人に比べ2合以上で2倍以上のリスク上昇を認めています。しかも、欧米人では1日2合未満の飲酒では結腸がんのリスクが上昇していないのに対し、日本人では同じ飲酒量でも1.4~1.8倍のリスク増加がみられます。この結果から日本人は欧米人よりも飲酒により結腸がんになりやすいことが考えられます。
これは日本人の多くが、アルコールを代謝する速度が遅い遺伝子型に属するためではないかと思われます。また、日本の飲酒者は、果物・野菜・乳製品といった大腸がんのリスク低下と関連する食品を十分摂取していないためという可能性もあります。さらに、痩せた人は痩せていない人に比べ飲酒によって結腸がんを発症するリスクが高いというデータがありますが、欧米人より体格(肥満度)が小さい日本人に飲酒の影響が強く現れるのかもしれません。
考えられるメカニズム
飲酒が大腸がんを引き起こすメカニズムについてははっきりしていませんが、アルコールの代謝産物であるアセトアルデヒドには発がん性があることが実験的に示されています。しかし、飲酒によって大腸がんのリスクが高まるのは、アセトアルデヒドによる大腸粘膜への直接的な作用としてよりも、アルコール、またはアセトアルデヒドが葉酸の働きを阻害することにより、大腸がん発がんの初期段階である遺伝子の低メチル化が引き起こされるためという考えが有力です。
飲酒量のエタノール換算
さまざまな種類のアルコール飲料がありますが、ある人の飲酒量は、それぞれの飲料の摂取量をエタノール換算して合計します。研究により、飲酒量でグループ分けするときの区切りはさまざまです。日本酒一合(180ml)は、エタノール23g、焼酎(25度)0.6合、泡盛(30度)0.5合、ビール大瓶(633ml)1本、ワイングラス(100ml)2杯、ウイスキーダブル(60ml)1杯にほぼ相当します。