現在までの成果
地域住民を対象としたヘリコバクター・ピロリ除菌とその後の胃がん罹患リスクとの関連
―次世代多目的コホート研究と山形コホートとの統合解析からの成果報告―
私たちは、いろいろな生活習慣・生活環境と、がんなどの生活習慣が関係する疾病との関連を明らかにし、日本人の生活習慣病予防と健康寿命の延伸に役立てるための研究を行っています。
今回、次世代多目的コホート研究対象の3地域および山形県コホート対象者において、本研究に同意いただき健診などの機会に血液を提供してくださった男女約5万人を対象とし、一般住民におけるヘリコバクター・ピロリ菌(H. pylori)(以下、ピロリ菌)除菌治療と胃がん罹患リスクとの関連を調べ、専門誌に論文発表しましたのでご紹介します。(Sci Rep. 2025年7月公開)
胃がんの最も重要なリスク要因とされるピロリ菌感染は、国際がん研究機関(IARC)によりグループ1の発がん性物質として分類されており、日本は胃がん罹患率およびピロリ菌感染率が高い国の一つです。日本では2013年(平成25年)にピロリ菌に感染した慢性胃炎に対する除菌治療が保険適用となったことから、除菌治療を受ける患者数は大幅に増えました。一方で、ピロリ菌除菌治療と胃がんリスクとの関連については、症状があり受診をされた方や、病院で健診を受けた方の追跡調査で評価が出ているものの、ピロリ菌感染があっても無症状の方を含めた一般住民全体のピロリ除菌治療と胃がんリスクとの関連は明らかではありませんでした。そこで本研究では、該当地域にお住まいで研究にご参加いただいた40-74歳男女のうち、胃がんの既往がなく、研究開始時の自己申告によるピロリ菌除菌歴と、血清ピロリ菌抗体価および血中ペプシノゲン(PG)検査の結果を提供いただいた、48,530人(男性20,762人,女性27,768人)を対象に、ピロリ除菌治療がその後の胃がん罹患リスクに及ぼす影響について検討しました。
本研究における除菌歴は、研究開始時の調査での「ピロリ菌の除菌療法を受けたことがありますか?」という質問に対する自己申告(1:なし、2:あり・1年未満、3:あり・1~6年未満、4:あり・ 6年以上前)に基づき、それぞれを未治療、除菌治療後1年未満、1~6年未満、6年以上、と分類しました。また、血清ピロリ菌抗体価*および血中PG検査による胃粘膜萎縮の有無**、その組み合わせで分類しました。
(脚注)
* ピロリ菌抗体価:血清ピロリ菌抗体価10U/mL以上の場合にピロリ菌抗体陽性と判定
** 血中PG検査による胃粘膜萎縮の有無:PG I >70 ng/mLまたはPG I/II比 >3.0の場合に胃粘膜萎縮なし、PG I ≤ 70 ng/mLかつPG I/II比 ≤ 3.0の場合に胃粘膜萎縮ありと判定
ピロリ菌除菌は胃がん罹患リスクの長期的な減少と関連した
2010年から2018年の観察期間中に649例の胃がんが診断されました。自己申告で「ピロリ菌除菌歴なし」と回答した人の中で、ピロリ菌抗体陰性かつ胃粘膜萎縮なし(ピロリ菌感染なし)の群を基準とした場合、研究開始時にピロリ菌除菌を受けておらず、ピロリ菌抗体陽性かつ/または胃粘膜萎縮あり(ピロリ菌感染あり)群で、その後の胃がん罹患リスクは5.89倍高くなりました(図1-1)。研究開始時のピロリ菌抗体価と胃粘膜萎縮有無との組み合わせでは、ピロリ菌抗体価によらず胃粘膜萎縮があるとリスクが高くなる結果となりました(図1-2)。この結果は、多目的コホート研究で報告された結果と同様でした(多目的コホート研究の成果:ヘリコバクター・ピロリ菌感染と胃がん罹患との関係:CagAおよびペプシノーゲンとの組み合わせによるリスク)。
また、ピロリ菌抗体陽性かつ/または胃粘膜萎縮あり(ピロリ菌感染あり)の人のみを対象に、除菌後の期間と胃がんリスクを検討も行いました。ピロリ菌未除菌の群(ピロリ菌感染あり除菌なし群)を基準とすると、除菌後一時的にリスクが増加したのち(研究開始以前1年未満の除菌群でリスクは1.74倍)、長期的には胃がんリスクの低下 (1年から6年未満での除菌群で0.81倍、 6年以上前除菌群で0.44倍)が見られました (図2 ) 。
図1-1.研究開始時点でピロリ菌除菌歴のない人におけるピロリ菌感染と胃がん罹患リスク
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図1-2.研究開始時点でピロリ菌除菌歴のない人におけるピロリ菌抗体と胃粘膜萎縮有無の組み合わせと胃がん罹患リスク
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図2.ピロリ菌感染者の研究開始時点での除菌後の期間を考慮した、除菌後の胃がん罹患リスク
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今回の結果からみえてきたこと
本研究から、日本の中高年の一般住民全体においてもピロリ菌除菌治療は長期的にみて胃がん罹患リスク低下と関連することが明らかになりました。
研究開始以前1年未満の除菌群の、除菌後の一時的なリスク増加は、早期胃がんの診断を目的とした除菌前後での内視鏡検査の回数の増加などが原因として考えられます。
また、本研究の限界として、除菌が成功したか否かは分類に反映されていないため、除菌に成功していない方がピロリ除菌群に含まれている可能性があること、調査開始前に除菌治療を受けた方は多くが胃炎による除菌の保険適応開始前であったため、除菌時に症状があり受診をした方が多く含まれる可能性などがあげられます。