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多目的コホート研究(JPHC Study)

血中有機塩素系化合物濃度と前立腺がん罹患との関連について

-「多目的コホート研究(JPHC研究)」からの成果-

私たちは、いろいろな生活習慣と、がん・脳卒中・心筋梗塞などの病気との関係を明らかにし、日本人の生活習慣病予防に役立てるための研究を行っています。平成2年(1990年)と平成5年(1993年)に、岩手県二戸、秋田県横手、長野県佐久、沖縄県中部、茨城県水戸、新潟県長岡、高知県中央東、長崎県上五島、沖縄県宮古、大阪府吹田の10保健所(呼称は2010年現在)管内にお住まいだった、40~69歳の男性約4万3千人の方々を平成17年(2005年)まで追跡した調査結果にもとづいて、血中有機塩素系化合物濃度と前立腺がん発生率との関連を調べた結果を専門誌で論文発表しましたので紹介します(Environ Health Perspect 2010年118巻659-665頁)。

前立腺の発育には、アンドロゲンなどの男性ホルモンが不可欠なため、ホルモンは前立腺がんの危険因子の一つとして考えられています。農薬や殺虫剤として使われていた有機塩素系化合物は、ホルモンレセプターに結合したり、ホルモン濃度に影響を与えたりすることから、内分泌かく乱物質として報告されているので、有機塩素系化合物が前立腺がんのリスク上昇に関係しているのでは、と注目されてきました。農薬・殺虫剤の職業性曝露と前立腺がんの関連についての疫学研究は数多く行われ、有機塩素系化合物を含む農薬・殺虫剤の職業性曝露が前立腺がんリスクを上昇させる、と報告されてきました。ところが、これらの研究では、職業名や使用した農薬名などに基づいて、個々の化合物濃度を推定しているので、曝露評価が不十分な可能性があります。血液などを用いて、個々の化合物濃度との関連を調べた研究は少なく、しかも、前向き研究での検討はされていません。

保存血液を用いた、コホート内症例対照研究

多目的コホート研究を開始した時期(1990年から1995年まで)に、一部の方から、健康診査等の機会を利用して研究目的で血液を提供していただきました。今回の研究対象に該当し保存血液のある男性約1万4000人のうち、約13年の追跡期間中、201人に前立腺がんが発生しました。前立腺がんになった方1人に対し、前立腺がんにならなかった方から年齢・居住地域・採血日・採血時間・空腹時間の条件をマッチさせた2人を無作為に選んで対照グループに設定し、合計603人を今回の研究の分析対象としました。

今回の研究では、保存血液を用いて9種類の化合物{p,p'-, および o,p'-ジクロロジフェニルトリクロロエタン (p,p'-DDT, o,p'-DDT)、p,p'-ジクロロジフェニルジクロロエチレン(p,p'-DDE)、ヘキサクロロベンゼン(HCB)、β-ヘキサクロロシクロヘキサン(β-HCH)、trans-, および cis-ノナクロール(Nonachlor)、オキシクロルダン(Oxychlordane)、マイレックス(Mirex)}濃度と、41種類のポリ塩化ビフェニル(PCB)を測定しました。41種類のPCBは、それぞれの値を合計した、総PCB濃度として扱いました。その結果、p,p'-DDT、p,p'-DDE、HCB、β-HCH、ノナクロール、オキシクロルダン、マイレックスは全対象者から検出されましたが、o,p'-DDTでは0.5%、41種類中17種類のPCBでは、0.2%(PCB90/100)から100%(PCB77)の対象者で検出されませんでした。

有機塩素系化合物の曝露と前立腺がんリスクの間には関連を認めない

それぞれの化合物濃度の値によって最も低いから最も高いまでの4つのグループに分け、前立腺がんリスクを比較しました。その結果、HCBとβ-HCHでリスクが下がっているようにみえましたが、統計学的有意な差はなく、いずれの物質についても前立腺がんリスクとの間に関連は見られませんでした。(図)
図 血中有機塩素系化合物濃度と前立腺がん

この研究について

日本では、1970年代以降、有機塩素系化合物の使用は禁止されていますので、現在ではこれらの物質に直接曝露することはありませんが、食物連鎖の中で引き継がれながら蓄積することから魚介類、肉類、乳製品など食品の摂取による間接的な曝露が指摘されており、血中や母乳中から有機塩素系化合物が検出されています。したがって、一般住民でも曝露されている可能性があるにも関わらず、有機塩素系化合物と前立腺がんとの関連についての研究はほとんど行われてきませんでした。この研究は、血液を用いて、一般住民での有機塩素系化合物と前立腺がんとの関連を明らかにした、初めての前向き研究となります。

これまでの多くの研究では、農業従事などによる有機塩素系化合物の職業性曝露が前立腺がんリスクを上昇させる、と報告されてきましたが、今回の研究では、一般住民における血中有機塩素系化合物と前立腺がんの関連は見られませんでした。これらの結果が異なる理由としては、一般住民の曝露が職業性曝露と比較して低濃度であること、職業性曝露には、今回測定していないほかの化学物質(ダイオキシンなど)の曝露も関連している可能性があること、農業など同一職種の方々に共通する、化学物質曝露以外の生活要因(食事など)が前立腺がんリスクと関連していること、などが考えられました。

前立腺がんと同様、ホルモンが危険因子の一つと考えられている乳がんにおける、ほとんどの研究でも、有機塩素系化合物によるリスクの上昇は観察されていません。 今回の結果は、それらの知見にも一致するもので、日本人において、日常生活で曝露されるレベルでは、有機塩素系化合物と前立腺がんとの関連は見られませんでした。

研究用にご提供いただいた血液を用いた研究の実施にあたっては、具体的な研究計画を独立行政法人国立がん研究センターの倫理審査委員会に提出し、人を対象とした医学研究における倫理的側面等について審査を受けてから開始します。今回の研究もこの手順を踏んだ後に実施いたしました。国立がん研究センターにおける研究倫理審査については、公式ホームページをご参照ください。

多目的コホート研究では、ホームページに保存血液を用いた研究計画のご案内を掲載しています。

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