多目的コホート研究(JPHC Study)
血漿中の酸化ストレスおよび抗酸化力マーカーと脳卒中、虚血性心疾患発症との関連について
―多目的コホート研究(JPHC研究)からの成果報告―
私たちは、いろいろな生活習慣と、がん・脳卒中・心筋梗塞などの病気との関係を明らかにし、日本人の生活習慣病予防と健康寿命の延伸に役立てるための研究を行っています。平成2年(1990年)に、岩手県二戸、秋田県横手、長野県佐久、沖縄県中部、茨城県水戸、新潟県長岡、高知県中央東、長崎県上五島、沖縄県宮古の9保健所管内(呼称は2019年時点)にお住まいだった40~69歳の方々のうち、調査開始から5年後調査のアンケートに回答し、健診などの機会に血液検査をご協力いただいた男女約3万人を、平成24年(2012年)まで追跡しました。そのデータをもとに、酸化ストレス値(Derivatives of reactive oxygen metabolites:d-ROMs)と抗酸化力値(Biological antioxidant potential:BAP)が循環器疾患の発症リスクとどのように関連しているかを調べました。その研究成果を専門誌に発表しましたのでご紹介します(Journal of Stroke 2026年5月Web先行公開)。
d-ROMsおよびBAPとは
酸化ストレスは、活性酸素の生成が体内の抗酸化能力を上回ったときに生じ、炎症の促進、高血圧や動脈硬化の発症に関与することで、脳卒中や虚血性心疾患の発症リスクを高める可能性があることが報告されています。酸化ストレスを測定するための方法としてd-ROMsテストとBAPテストがあります。活性酸素は寿命が非常に短く反応性が高く、生体内で直接測定することは困難なため、d-ROMsテストでは活性酸素そのものではなく、代謝産物のヒドロペルオキシド(ROOH)を測定することで、体内の酸化ストレスの程度を数値として評価します。
また、血液中には、過剰に発生した活性酸素に対抗する抗酸化物質が多く存在します。BAPテストでは、これらの物質がどの程度酸化を打ち消す力があるかについて、血液中の還元力(酸化に対抗する力)を測定することで、抗酸化能を数値として評価します。
先行研究では、d-ROMsやBAPと循環器疾患の危険因子との関連が報告されていますが、脳卒中、虚血性心疾患との関連について、十分な疫学的エビデンスがありませんでした。そこで本研究ではd-ROMsおよびBAPと、脳卒中(病型別)および虚血性心疾患発症リスクとの関連を検討しました。
研究の方法
追跡期間中に脳卒中を発症した1,271例、虚血性心疾患を発症した265例を「ケース(発症例)」としました。また、この同じ集団の中からランダムに抽出した4,761名を「サブコホート」として設定し、保存されていた血液中のd-ROMsおよびBAPを測定して、ケースコホート研究を行いました。サブコホートのd-ROMsおよびBAPの値に基づき、人数が均等になるように値が低いグループから高いグループまで4つのグループに分けました。そして、各グループと脳卒中・虚血性心疾患発症リスクとの関連を分析しました。d-ROMsおよびBAPのいずれも最も低いグループを基準とし、性、年齢、地域、body mass index、喫煙状況、飲酒状況、運動習慣、歩行時間、食習慣(緑茶摂取、コーヒー摂取、果物摂取、野菜摂取)の影響を統計学的に調整し、できる限りこれらの影響を取り除きました。
d-ROMsが高値なほど脳卒中・虚血性心疾患発症リスクが高い
全脳卒中、虚血性脳卒中、虚血性心疾患のいずれにおいても、d-ROMs 濃度が高いほど、発症リスクが高い結果となりました(図1)。一方、BAPについては、全脳卒中、虚血性脳卒中、虚血性心疾患のいずれの発症リスクとも明確な関連はみられませんでした(図なし)。
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図 d-ROMと脳卒中・虚血性心疾患との関連
まとめ
本研究から、酸化ストレスの強さを示す指標であるd-ROMsは、全脳卒中、虚血性脳卒中、および虚血性心疾患の発症リスクと正の関連を示しました。しかし、抗酸化能力を示すBAPと心血管疾患との間に明確な関連はみられませんでした。その理由は、現在のところはっきりとはわかっていません。人体での抗酸化物質の作用は、体内の酵素が関わる抗酸化システムと酵素がかかわらない抗酸化物質によるシステムがあります。BAPは、主に酵素がかかわらない抗酸化作用を反映する検査であり、酵素による抗酸化作用など、体内の抗酸化作用のすべてを十分に反映できていない可能性があります。
本研究は、一般住民における酸化ストレスのバイオマーカーと循環器疾患リスクとの関連を包括的に評価した初めての研究です。体内の酸化ストレスを示す指標を調べることで、脳卒中や虚血性心疾患になるリスクを早い段階で見つけるのに役立つ可能性があります。
なお、本研究にはいくつかの限界があります。まず1つ目は、本研究で使用した血漿サンプルは、約20年間保存された後に測定された点です。長期間の保存中に、血漿サンプルの成分が空気中の酸素などと反応して変化する「自己酸化」が起こった可能性があります。本研究で用いた血漿サンプルにおけるd-ROMsとBAPは同年代の日本人男女とほとんど差がない値を示したため、長期保存による影響は予想よりも小さい可能性があります。2つ目は、d-ROMsとBAPの測定が一度だけであるため、その後の変化を考慮しなかった点です。3つ目として、d-ROMsは全身の酸化ストレスを反映するため、酸化にかかわる具体的な要因を区別できず、詳しい原因までは特定できません。
多目的コホート研究の参加者からご提供いただいた血液を用いた研究は、国立がん研究センターの倫理審査委員会の承認を得た研究計画をもとに、「疫学研究に関する倫理指針」や「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針」などに則って実施されています。国立がん研究センターにおける研究倫理審査については、公式ホームページをご参照ください。
多目的コホート研究では、ホームページで保存血液を用いた研究のご紹介を行っています。

