多目的コホート研究(JPHC Study)
食塩・塩蔵食品摂取と胃がんとの関連について
「多目的コホート研究(JPHC研究)」からの成果
私たちは、いろいろな生活習慣と、がん・脳卒中・心筋梗塞などの病気との関係を明らかにし、日本人の生活習慣病予防に役立てるための研究を行っています。
平成2年(1990年)に,岩手県二戸、秋田県横手、長野県佐久、沖縄県石川という4地域にお住まいの、40〜59歳の男女約4万人の方々に、食事や喫煙などの生活習慣に関するアンケート調査を実施しました。その後10年間の追跡調査にもとづいて、食塩・塩蔵食品摂取と胃がん発生率(リスク)との関係を調べた結果を、専門誌で論文発表しました (British Journal of Cancer 2004年90巻128-134 ページ)。この前向き追跡研究によって、高濃度の塩分を含む食品をよく食べる人では、胃がんリスクが高くなることが示されました。
食塩の多い食事で、男性の胃がんリスクが上がる
10年の追跡期間中に、男性1万8684人中358人、女性2万381人中128人が胃がんになりました。研究参加者を男女それぞれ食塩摂取量によって5つのグループに分け、最も少ないグループに比べその他のグループで胃がんリスクが何倍になるかを調べました。胃がんリスクは年齢と喫煙によって高まり、緑黄色野菜を多く摂取すると低くなることがわかっていますが、そのような他の要因の影響をとり除いたうえで、結果を導き出しました。
すると、グラフのように、男性では、食塩摂取量が高いグループで胃がんリスクも明らかに高く、約2倍になりました。1年間当りで計算すると、食塩摂取量が最も低かったグループでは1000人に1人が胃がんになったのに対し、食塩摂取量が最も高かったグループでは500人に1人ということになります。女性では明らかな関連が見られませんでした。これは、実際に食塩摂取量とは関連がないという解釈に加え、女性の中で胃がんになった人が少なく正確なデータが出なかったこと、また、男性と比べて、女性ではアンケート調査という方法から食塩摂取量を正確に把握しにくいことなどの解釈が考えられます。
いくら、塩辛、練りうになどをよく食べる人で胃がんが多い
日本人に特有の、塩分濃度の高い食品には、味噌汁、つけもの、塩蔵魚卵(たらこ、いくらなど)、塩蔵魚(目ざし、塩鮭など)、その他の塩蔵魚介類(塩辛、練りうになど)などがあります。それぞれの食品について、摂取頻度別にグループ分けして胃がんリスクを比べてみました。
すると、男性ではいずれの食品でも摂取回数が増えるほど胃がんリスクも高くなりました。また、塩分濃度が10%程度と非常に高い塩蔵魚卵と塩辛、練りうになどでは、男女ともに、よく食べる人で胃がんリスクが明らかに高くなりました。総合的な食塩摂取量による胃がんリスクを反映しているのかもしれませんが、塩分濃度が高い食品が、特にリスクになるものと解釈出来ます。あるいは、食塩だけでなく、塩蔵加工で生成される化学物質が胃がんリスクに関わっているのかもしれません。
食塩と胃がん発生
動物実験などから、胃の中で食塩の濃度が高まると粘膜がダメージを受け、胃炎が発生し、発がん物質の影響を受けやすくなることが示されています。そのような環境では、慢性的に感染することにより胃がんリスクを高めることが知られているヘリコバクター・ピロリという細菌の感染も起こりやすくなることが知られています。
日本の胃がんを減らすには
胃がんの発生率は世界的に減少傾向にあり、日本も例外ではありません。しかし、いまだに日本では最も発生率の高いがんであり、毎年約10万人が新たに胃がんになっています。
世界保健機関(WHO)によって召集された専門家集団による評価では、これまで行われた研究結果に基き、「食塩・塩蔵食品は、おそらく胃がんの原因の一つであろう」と結論されています。今回の私たちの研究結果は、前向きコホート研究という、より信頼出来る研究手法を用いて、その関連をより確かなものにしたものと位置づけられます。また、特に日本の食文化と関わりの深い塩分濃度の高い塩蔵魚介類を控えることは、胃がんのリスクを減らすために、重要であるとことも確かめられました。
胃がん予防の観点からは、特に高塩分の食品を減らすことが重要ですが、総合的な食塩の過剰摂取も高血圧と密接に関連し、その結果、脳卒中や心筋梗塞のリスクを高めます。日本の伝統的な食事の良いところを残しつつ、薄味に慣れるよう努力しましょう。毎日必ず塩蔵品を食べる人は、次第に回数を減らす工夫を重ね、週1〜2回程度に抑える必要があるでしょう。