多目的コホート研究(JPHC Study)
便通、便の状態と大腸がん罹患との関連について
-「多目的コホート研究(JPHC研究)」からの成果-
私たちは、いろいろな生活習慣と、がん・脳卒中・虚血性心疾患・糖尿病などの病気との関係を明らかにし、日本人の生活習慣病予防に役立てるための研究を行っています。平成5年(1993年)に、茨城県水戸、新潟県長岡、高知県中央東、長崎県上五島、沖縄県宮古、大阪府吹田の6保健所(呼称は2005年現在)管内にお住まいだった、40~69才の男女約8万人の方々を、平成14年(2002年)まで追跡した調査結果にもとづいて、便通の頻度または便の状態と大腸がん発生率との関連を調べた結果を、専門誌で論文発表しましたので紹介します。
(Ann Epidemiol. 2006年16巻888-894ページ)
約7年の追跡期間に男性303人、女性176人が大腸がんになりました。便通の頻度や便の状態に関する質問の回答に不備がある方などを除き、男性27,529人、女性30,411人の合計約6万人がこの研究の分析の対象となりました。
便通は、大腸がんリスクと関係ない
便秘によって、大腸がんリスクが高くなるという長年の仮説がありますが、最近の前向き研究では、必ずしも同じ結果が出ているわけではありません。多目的コホート研究で、生活習慣に関するアンケート調査の中で、便通は毎日あるかどうかをたずね、「毎日2回以上」、「毎日1回」、「週2-3回」の選択肢のうち1つを選んでお答えいただきました。その回答による各グループの大腸がん(図1)、さらに部位別に結腸・直腸がんのリスクを比べました。
その結果、便通が週2-3回しかなくても、毎日ある人と比べて大腸、結腸、あるいは直腸がんのリスクが高くなることはありませんでした。診断前の大腸がんの影響を取り除くために、追跡開始から2年目までに発生した大腸がんを対象から除いた場合でも、結果は変わりませんでした。
下痢便は、直腸がんリスクと関連があるかもしれない
普段の便の状態が、大腸がんリスクと関係しているのではないかという仮説もあります。軟便や下痢と大腸がんとの関連を調べた研究もありますが、ほとんどが症例対照研究(大腸がんの人とそうでない人で過去の便の状態を比べる方法)であり、大腸がんの症状として下痢が起こっていた可能性を否定できません。
多目的コホート研究で、普段の大便の状態をたずね、「下痢」、「軟便」、「普通」、「硬め」、「下痢と便秘をくり返す」の選択肢のうち1つを選んでお答えいただき、回答による各グループの大腸がん、さらに部位別に結腸・直腸がんリスクを比較しました。
すると、結腸がんと直腸がんに分けた場合に、男女とも下痢便で直腸がんリスクが上昇するように見えました。しかし、男性では、最初の2年間に直腸がんになったケースを除くと下痢便の直腸がんリスクが低くなりましたので、逆に、診断前の直腸がんの影響で下痢便になっていた結果ではないかという可能性が残ります。女性では、最初の2年間に直腸がんになったケースを除いても、下痢便で直腸がんリスクが高くなっていましたが、下痢便のグループで直腸がんになった人数がわずか2名と少なく、この結果がたまたまそうなっただけかもしれない可能性が残ります。
動物実験では、大腸がん発がんを促進させる物質(プロスタグランジンE2という生理活性物質)のために下痢になるというメカニズムが説明されていますが、このメカニズムは通常の人の体内レベルではおこらない現象かもしれず、今回の女性の結果は偶然にすぎなかったのかもしれません。あるいは、このメカニズムによる大腸がんリスクは、たとえ6万人規模の疫学研究でも、普段下痢便だというグループに属する人が少ないため(男性561人、女性123人)、とらえるのが難しいのかもしれません。
研究について
今回の研究では、大腸がんリスクに関わる他の要因(年齢、地域、アルコール、喫煙、肥満指数、運動量や肉類の摂取量など)の影響をできる限り取り除いた上で、便通や便の状態と大腸がんリスクの関連を、がんのために便に起こる変化の影響を受けにくい方法で検討しました。わずかな関連がある可能性は否定できませんが、はっきりした関連を見ることはできませんでした。いずれにしても、週2-3回の便通程度の便秘の場合は、大腸がんになりやすいかもしれないと思い悩む必要はありません。またそれ以上の高度な便秘(週に1回など)やずっと下痢が続く場合は、大腸がんに限らず何らかの疾患の可能性がありますので、医療機関への受診をお勧めします。