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多目的コホート研究(JPHC Study)

分化型胃がんと未分化胃がんにおけるヘリコバクター・ピロリ感染の意味について

-「多目的コホート研究(JPHC研究)」からの成果-

私たちは、いろいろな生活習慣と、がん・脳卒中・心筋梗塞などの病気との関係を明らかにし、日本人の生活習慣病予防に役立てるための研究を行っています。平成2年(1990年)と平成5年(1993年)に、岩手県二戸、秋田県横手、長野県佐久、沖縄県中部、茨城県水戸、新潟県長岡、高知県中央東、長崎県上五島、沖縄県宮古、大阪府吹田の10保健所(呼称は2007年現在)管内にお住まいだった、40~69才の男女約4万人の方々を、平成16年(2004年)まで追跡した調査結果にもとづいて、噴門部以外の胃がん(胃体部+前庭部)に関しまして組織型別(分化型と未分化型)に分け、その発生と血清ヘリコバクター・ピロリ(Hp)抗体価との関連を調べた結果を、専門誌で論文発表しましたので紹介します
Acta Oncologica 2008年47巻360-365ページ)。

保存血液を用いた、コホート内症例対照研究

多目的コホート研究を開始した時期に、全対象者約10万人のうち男性約13500人、女性約23300人から、健康診査等の機会(1990年から1995年まで)を利用して、研究目的で血液を提供していただきました。約12年の追跡期間中、350人に噴門部以外の胃がん(分化型:242名、未分化型:108名)が発生しました。この胃がんになった方1人に対し、胃がんにならなかった方から年齢・性別・居住地域・採血時の条件をマッチさせた1人を無作為に選んで対照グループに設定し、合計700人を今回の研究の分析対象としました。

保存血液を用いて血清中のHp抗体価を測定し、値によって陰性と陽性に分け、さらに陽性を抗体価の高さによって3つのグループに分け、胃がんの組織型別にリスクを比較しました。

組織型によってHp抗体価におけるリスクが異なる

Hp抗体価による胃がん発生のリスクは、組織型によって異なりました。分化型胃がんのリスクについてはHp陽性者で抗体価が高かったグループほど低い傾向が認められるのに対し、未分化型についてはHp抗体価が高かったグループでリスクが最も高くなりました(図)。

また、胃粘膜の萎縮を示すペプシノーゲン(PG)の結果も組織型によって異なりました。PGI値(萎縮が進むと低くなる)の平均値は、分化型胃がん患者で最も低かったのに対し、未分化胃がん患者では高かったことが分かりました。

図.Hp抗体価と胃がんリスク

 
この研究について

これまでの臨床研究や動物実験などから、Hp抗体価がHpの菌体数や胃粘膜の炎症の程度を反映することが報告されています。分化型胃がんは、Hp感染による長年の炎症により胃の固有粘膜が破壊された結果生ずる胃粘膜萎縮と、それに伴う腸上皮化生粘膜を母地に発生すると言われています。一方、未分化型胃がんについては、病理組織学的には胃粘膜の萎縮とは関係ないと考えられています。

これまでの疫学研究では、Hpの感染と組織型は区別されることなく論じられてきました。そこでこの研究では、保存血液の血清Hp抗体価と萎縮のマーカーであるPGI値を測定し、胃がんの組織型による差異を検討しました。

まず、分化型胃がんにおいては、Hp抗体価が低値になるに伴い胃がんのリスクが高くなる結果を認めました。また、PGI値からも胃粘膜萎縮の度合いが高いことが示されました。したがって、分化型胃がんのグループでは、胃粘膜萎縮が進行し、Hp菌体数が減り、抗体価が減じたと推測されます。

一方、未分化型胃がんにおいては、胃がんのリスクはHp抗体価に関係なく、むしろ抗体価の高かったグループでリスクが最も高いことや、PGI値からも胃粘膜萎縮は示されず、強い炎症があることが明らかになりました。この結果から、未分化胃がんはHpの感染により胃粘膜に炎症が起こっている最中に出現してくるものであると推測されました。

未分化型胃がんにおけるHpの役割については報告が少なく、多くの研究において組織型の差異は論じられてきませんでした。今回の研究から、胃がんの発生におけるHp感染は、組織型によって異なる役割を持つ可能性が示唆されました。

ヘリコバクターの除菌について

胃がん予防を目的とするHp除菌の意義が考慮されています。これまでの研究から、既に胃粘膜の萎縮が進んでしまった場合には、除菌による胃がんの予防効果は低いと考えられています。一方、Hp抗体価の高いグループは、胃粘膜の萎縮はなくHp菌数が多いと思われます。今回の研究で、このグループでは未分化胃がんのリスクが高いことが認められました。そこで、胃がん予防の観点から、Hp抗体価が高いグループに対してヘリコバクターの除菌を行うのが効果的ではないかと予想されます。しかしながら、これは1つの観察型研究の結果にすぎず、また除菌による副作用とのバランスなどよく分かっていない部分もあるので、今後さらに検討を重ねる必要があります。

研究用にご提供いただいた血液を用いた研究の実施にあたっては、具体的な研究計画を国立がんセンターの倫理審査委員会に提出し、人を対象とした医学研究における倫理的側面等について審査を受けてから開始します。今回の研究もこの手順を踏んだ後に実施いたしました。国立がんセンターにおける研究倫理審査については、公式ホームページをご参照ください。

多目的コホート研究では、ホームページに保存血液を用いた研究計画のご案内を掲載しています。

 

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