多目的コホート研究(JPHC Study)
飲酒と肺がんの発生率との関係について
-「多目的コホート研究(JPHC研究)」からの成果-
私たちは、いろいろな生活習慣と、がん、脳卒中、心筋梗塞、糖尿病などの病気との関係を明らかにし、日本人の生活習慣病予防に役立てるための研究を行っています。
平成2年(1990年)と平成5年(1993年)に、岩手県二戸、秋田県横手、長野県佐久、沖縄県中部、茨城県水戸、新潟県柏崎、高知県中央東、長崎県上五島、沖縄県宮古、大阪府吹田の10保健所(呼称は2008年現在)管内にお住まいの方々に、アンケート調査の回答をお願いしました。そのうち、40~69歳の男性約46,000人について、その後平成16年(2004年)まで追跡した調査結果に基づいて、飲酒と肺がんの発生率との関係について調べました。その結果を専門誌で論文発表しましたので、紹介します (Cancer Causes and Control 2008年12月19巻1095-1102ページ)
飲酒と肺がん
飲酒により肺がんのリスクが増加するかどうかについては、数多くのコホート研究がおこなわれてきました。しかし、ほとんどが欧米からの報告であり、大量飲酒者が比較的少なく、関連がはっきりしていませんでした。そこで、欧米に比べ大量飲酒者の割合が高い日本人男性で、飲酒と肺がんとの関連についての検討をおこないました。
喫煙者でのみ飲酒と肺がんとの関連あり
調査開始時のアンケート調査で、飲酒習慣の項目についての回答を基にして、「飲まない(月に1回未満)」グループ、「時々飲む(月に1-3回)」グループ、さらにそれ以上飲むグループをアルコール量によって4つのグループに分け、合計6つの飲酒状況グループでその後の肺がんの発生率を比較してみました。
約14年の追跡期間中に、651人の肺がんが確認されました。喫煙は肺がんの原因ですが、お酒を飲む人にはたばこを吸う人も多いので、非喫煙者と喫煙者にわけた検討をおこないました。
すると、非喫煙者では、時々飲むグループと比べ、アルコール摂取量が最も多い(日本酒にして1日平均3合以上)グループでも、肺がんの発生率が高くありませんでした。一方、喫煙者では、飲酒量が多いグループほど肺がんの発生率が高い傾向が見られました。ときどき飲むグループと比べて、1日平均2-3合以上で1.7倍、1日平均3合以上でも1.7倍高いという結果でした(図)。また、「飲まない」グループでも肺がんの発生率が高くなっていましたが、その主な理由は、このグループには体調が悪くなるなどして飲めなくなった、もともと肺がんリスクの高い人が含まれているためと考えられます。
なお、日本酒1合と同じアルコール量は、焼酎で0.6合、泡盛で0.5合、ビールで大ビン1本、ワインでグラス2杯(200ml)、ウイスキーダブルで1杯です。
飲酒と喫煙が重なるとなぜいけないのか
以上の結果から、飲酒の肺がんの発生率への影響は、喫煙によって助長される可能性があることがわかります。お酒に含まれているエタノールは分解されてアセトアルデヒドになりますが、これががんの発生にかかわると考えられています。そして、喫煙者では、エタノールをアセトアルデヒドに分解する酵素が、たばこの煙の中に含まれる発がん物質を同時に活性化してしまっているとも考えられています。
生物学的なメカニズムからは以上のような説明が可能です。今回の研究では、喫煙本数や年数、受動喫煙の有無などについて、飲酒状況グループによる差が結果に影響しないよう配慮して分析を行いました。しかしながら、その影響が統計学的手法で完全に取り除けていない可能性がありますので、結果の解釈には注意が必要です。
やはり大量飲酒はよくない
この研究からは、非喫煙者では飲酒による肺がんリスクの増加はみられませんでした。しかし、同じ多目的コホート研究で、死亡や大腸がん、2型糖尿病の危険性は、一日平均1合を超えると高くなるという結果があります。肺がんだけに限らず、生活習慣病を総合的に予防しようと考えると、お酒は日本酒換算で一日1合(ビールなら大びん1本、ワインならグラス2杯)程度までに控えておいた方がよいといえるでしょう。
もともと喫煙は肺がんの最大の危険因子であることはいうまでもありませんが、喫煙者のなかでも一日平均2合以上の大量飲酒者では、さらに肺がんになるリスクが高くなる可能性があります。