多目的コホート研究(JPHC Study)
教育歴、社会的役割と循環器疾患発症リスクとの関連
-「多目的コホート研究(JPHC研究)」からの成果-
私たちは、いろいろな生活習慣と、がん・脳卒中・心筋梗塞などの病気との関係を明らかにし、日本人の生活習慣病予防に役立てるための研究を行っています。平成2年(1990年)に、岩手県二戸、秋田県横手、長野県佐久、沖縄県中部の4保健所(呼称2008年現在)管内にお住まいの40~59歳の女性約2万人の方々を平成14年(2002年)まで約12年間追跡した調査結果にもとづいて、教育歴と循環器疾患発症との関連を調べた結果を論文発表しましたので紹介します。
(Stroke. 2008年39巻2886-2890ページ)
循環器疾患発症リスクは教育歴によって異なるのか
欧米の研究では、教育歴が低い人は、高い人と比べて虚血性心疾患や脳卒中の発症リスクが高いことが報告されています。そのような教育歴による循環器疾患発症リスクの差は、喫煙、飲酒、高血圧などの循環器疾患危険因子に加え、日常生活における心理的ストレスや、保健・医療へのアクセスの差を表していると考えられています。そうした学歴による集団の特徴の差は日本と欧米では異なる可能性がありますが、日本における教育歴と循環器疾患発症リスクの関連を調べた報告は限られています。
今回の研究では、研究開始時に行った最終学歴に関するアンケートから、女性を対象に①中学卒業(全体の54.8%)、②高校卒業(同・34.7%)、③短大、専門学校、大学以上(同・10.5%)の3つのグループで脳卒中・虚血性心疾患の発症を比較しました。約12年間の追跡期間中に、虚血性心疾患56人、脳卒中451人の発症が確認されました。
教育歴の低い群と高い群はともに脳卒中発症のリスクが高い
高校卒業グループと比べ、中学卒業のグループの脳卒中発症リスクは約1.6倍、短大・専門学校・大学以上の高学歴グループは約1.4倍高いという結果でした。病型別では、くも膜下出血や脳梗塞において比較的強い関連がみられました。(図1)
一方、虚血性心疾患の発症については、教育歴との関連は見られませんでした
今回の結果から、日本においても、欧米のように脳卒中発症リスクに教育歴による差が存在することが改めて示されました。中学卒業のグループは、身体活動量が少なく、肥満や高血圧が多いという特徴があったため、そのような点に配慮した生活習慣改善の必要性が示唆されました。
働く高学歴女性で、家庭における役割が多い場合
次に、この関連を就業状態別に調べると、低学歴グループに加えて高学歴グループでもリスクが高いという欧米とは異なる関連が、働いている女性でよりはっきりと見られました(図2)。働いている女性で高学歴のグループでは、心理的なストレスを認識している人の割合が高かったことが、要因の一つである可能性があります。
さらに、働いている女性の家庭における役割を同居人のカテゴリー(例:配偶者、親、子供、その他)により、家庭での役割が①なし(単身)、②1つのみ(例えば、夫のみと同居していれば役割は1つとする)、③2つ以上(例えば、夫と子供と同居していれば家庭での役割が2つとする)に分類し、家庭での役割の数による全脳卒中発症リスクを比較しました。
その結果、特に、家庭における社会的役割が1つしかない高学歴女性では全脳卒中発症のリスクが高いが、一方、家庭において2つ以上の役割を持つ高学歴女性では全脳卒中発症リスクの増加がみられませんでした(図3)。働いている高学歴女性の脳卒中発症リスクは家庭における役割が多いことで軽減される可能性が考えられます。
今回の研究では、家庭における役割が無い独り暮らしについては、人数が少ないため脳卒中発症のリスクを検討することは出来ませんでした。
今後、家庭における役割がない人の教育歴と脳卒中発症リスクの関連について検討する必要があります。また、なぜ家庭での役割が多いことが働いている高学歴の女性において脳卒中のリスクを軽減するのかについてのメカニズムの検討が重要と考えられます。