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多目的コホート研究(JPHC Study)

飽和脂肪酸摂取と循環器疾患発症の関連について

―「多目的コホート研究(JPHC研究)」からの成果報告―

 

私たちは、いろいろな生活習慣と、がん・脳卒中・虚血性心疾患・糖尿病などの病気との関係を明らかにし、日本人の生活習慣病予防に役立てるための研究を行っています。
平成2年(1990年)に、岩手県二戸、秋田県横手、長野県佐久、沖縄県中部の4保健所(呼称2012年現在)管内にお住まいの40~59歳の男女に、平成5年(1993年)には茨城県水戸、新潟県長岡、高知県中央東、長崎県上五島、沖縄県宮古の5保健所(呼称2012年現在)管内にお住まいの40~69歳の男女に、食事調査を含む生活習慣についてのアンケートに回答していただきました。5年後の平成7年(1995)年と平成10年(1998年)には、より詳しい食事調査を含む2回目のアンケートで、当時の生活習慣について回答していただきました。そのうち、1回目と2回目の調査時点で循環器疾患にもがんにもなっていなかった男女約8万2千人の方々を、2回目の調査時点から平均約11年追跡しました。これらの調査結果をもとに、飽和脂肪酸摂取量と脳卒中、虚血性心疾患発症との関連を調べました。飽和脂肪酸は、肉やバター、乳製品など、動物性の脂肪に多く含まれる脂肪酸で、日本人の食事の多様化により、現代では以前に比べて多く摂られている栄養素です。この研究結果を国際専門誌(European Heart Journal 2013年 34巻 1225-32ページ)に発表しましたので紹介します。

 

飽和脂肪酸を食べる量が少ないグループで脳卒中のリスクが上昇

アンケートに有効に回答した約8万2千人の結果から、1日当たりの飽和脂肪酸摂取量を計算しました。その摂取量の順に5分位でグループ分けして、その後の約11年間に脳卒中にかかった人の割合をグループ間で比較しました。期間中に合計3,192人が脳卒中となり、その内訳は、脳梗塞1,939人、脳出血894人、くも膜下出血348人でした。分析の結果、1日に食べる飽和脂肪酸が多いほど、脳出血や脳梗塞による発症リスクは低い結果でした。脳卒中全体としては、飽和脂肪酸を最もたくさん摂取する群でリスクが最も低く、最も少ない群に比べて、発症リスクが23%低い結果となりました。特に図1に示すように、脳出血の中でも日本人に多い、脳の奥深くにある細い血管(主に穿通枝動脈)から出血するタイプ(深部脳出血)では、飽和脂肪酸が多くなるにつれ、発症率が段階的に減少していく様子が見られました。縦軸のハザード比とは、飽和脂肪酸摂取が最も少ないグループと比べて、そのほかのグループの人が何倍、深部脳出血になりやすいかを示しています。最も多い群では、最も少ない群に比べて、その発症リスクが33%少ないことが分かります。

図1.飽和脂肪酸摂取と深部脳出血発症リスク
 
同じように脳梗塞の中でも日本人に多い、脳の奥深くにある細い血管がつまるタイプ(穿通枝脳梗塞)でも、飽和脂肪酸が多い群の方が、発症率が低い結果でした(図2)。このように、脳出血や脳梗塞を、さらに細かい分類に分けて飽和脂肪酸との関連をみた研究は、世界で初めてのものです。
 
図2.飽和脂肪酸摂取と穿通枝脳梗塞発症リスク
 
なお、くも膜下出血や、欧米に多い脳の太い血管がつまるタイプ(皮質枝脳梗塞)については、飽和脂肪酸摂取との関連は見られませんでした。

 

飽和脂肪酸を食べる量が多いグループで心筋梗塞のリスクが上昇

それに対し、心筋梗塞では全く逆の関連が見られました。期間中に合計610人が心筋梗塞にかかりました。同じように飽和脂肪酸の摂取量と心筋梗塞の発症との関連を調べると、図3のように、飽和脂肪酸の摂取量が多くなるにつれ、心筋梗塞の発症率は高い結果となりました。この関連は、特に男性で明確に見られました。飽和脂肪酸と心筋梗塞の発症との関連を分析した研究は、欧米にはこれまでにもありましたが、アジアでは初めての報告となりました。

図3.飽和脂肪酸摂取と心筋梗塞発症リスク
 
また、脳卒中と心筋梗塞・急性死をあわせた全循環器疾患との関連では、飽和脂肪酸を最もたくさん摂取する群でリスクが最も低い結果であり、最も少ない群に比べて発症リスクが18%低下していました。この集団においては、心筋梗塞よりも脳卒中の発症数が多く、循環器疾患全体としては、脳卒中によるリスク低下の影響が大きかったためです。

 

この研究から言えること

従来、飽和脂肪酸は血清のコレステロール値を高くし、将来的に粥状動脈硬化になりやすくなることから、摂取を控えるような指導がなされることがありました。一方で、最近の結果から、飽和脂肪酸は無害であり、制限する必要はないという説もあります。今回の研究結果からは、日本人におけるこうした議論のひとつの決着として、「飽和脂肪酸摂取は、多すぎても、少なすぎても良くない」という結論が得られました。この結果は、日本人で約40年前に発見された「血清コレステロール値は、高すぎても低すぎても良くない」という知見とよく一致しています。
本研究と過去の日本や欧米で実施されたいくつかの研究を総合的にみると、脳卒中並びに心筋梗塞の発症リスクが低いのは、飽和脂肪酸の摂取量が1日に20g前後の集団と考えられます。そのような人の食事を今回の研究で用いたアンケート調査結果に当てはめてみると、たとえば牛乳を毎日コップ1杯(200g)、肉を2日に1回(1回につき150g程度)の摂取でした。

 

この研究の限界

今回の研究は、がん、脳卒中、心臓病の既往のある人は除いていますので、これらの病気にかかったことのある人にはこの結果はあてはまりません。
また、今回の研究で用いられた食物摂取頻度アンケート調査から計算された飽和脂肪酸の値は、より直接的な食事記録調査(研究参加者の一部で、一定期間に飲食した品目と量を全て記録していただく、アンケート調査の妥当性を分析するために行われた調査)から算出された値と比べ、11~31%多く、乳製品は29~57%多く、肉類は3~22%少なく見積もっていました。このことが、今回の結果の解釈に大きな影響を与えるとは考えておりませんが、一般に、食物摂取頻度アンケート調査は、それだけで実際の摂取量を正確に推定するのは難しく、また年齢や時代・居住地域などが限定された対象集団の値を一般化することは適当とは言えませんので、ここに示した摂取量はあくまで参考値とお考え下さい。

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