多目的コホート研究(JPHC Study)
抗酸化ビタミン摂取と肺がん罹患リスクの関連について
―多目的コホート研究(JPHC研究)からの成果報告―
私たちは、いろいろな生活習慣と、がん・脳卒中・心筋梗塞などの病気との関係を明らかにし、日本人の生活習慣病予防と健康寿命の延伸に役立てるための研究を行っています。平成2年(1990年)と平成5年(1993年)に、岩手県二戸、秋田県横手、長野県佐久、沖縄県中部、新潟県長岡、茨城県水戸、高知県中央東、長崎県上五島、沖縄県宮古の9保健所(呼称は2018年現在)管内にお住まいだった方々のうち、平成7年(1995年)と平成10年(1998年)にアンケート調査に回答していただいた45~74歳の約8万人の方々を平成25年(2013年)まで追跡した調査結果にもとづいて、抗酸化ビタミン摂取と肺がん罹患との関連を調べた結果を専門誌で論文発表しましたので紹介します(Int J Cancer.2018 Jun 15;142(12):2441-2460)。
抗酸化ビタミンとは、発がん及び免疫機能の低下などを引き起こす活性酸素の働きを抑える作用をもつことが報告されているビタミンで、レチノール(ビタミンAの1種)、カロテノイド、ビタミンC、およびビタミンEなどが含まれます。抗酸化ビタミンには、抗酸化作用に加え、肺組織の血管内皮の機能を維持する作用があることから、肺がんとの関連が注目されてきました。しかしながら、欧米で喫煙者やアスベスト曝露者を対象にして行われた大規模なランダム化比較試験では、サプリメントによりβカロテンを多く摂取すると、肺がんリスクが20〜30%程度上昇するという結果が報告されており、海外の複数の疫学研究をまとめた報告では、抗酸化ビタミンの肺がんに対する予防的作用を示唆する根拠は不十分、と報告されています。日本人における抗酸化ビタミン摂取と肺がんリスクとの関連についても検討されていませんでした。
そこで本研究では、日本人における抗酸化ビタミン摂取(レチノール、αカロテン、βカロテン、ビタミンC、ビタミンE)が肺がんの罹患に及ぼす影響を検討しました。今回の研究では、研究開始から5年後に行ったアンケート調査の結果を用いて、食事からの抗酸化ビタミン摂取量を算出し、その後の肺がん罹患リスクを調べました。
レチノールを除く抗酸化ビタミン(αカロテン、βカロテン、ビタミンC、ビタミンE)摂取量と肺がんリスクに明確な関連はない
今回の研究では、追跡期間中に1,690人(男性1,237人、女性453人)の肺がん罹患が確認されました。抗酸化ビタミン摂取量を4つのグループに分け(Q1:少ない〜Q4:多い)、肺がんに関連のある項目(年齢、地域、喫煙状況、飲酒習慣、ビタミンサプリメント摂取、魚・イソフラボン・野菜・果物の摂取)からの影響を統計学的に排除した分析の結果、αカロテン、βカロテン、ビタミンC、ビタミンEの摂取量は、いずれも肺がんの罹患と統計学的に有意な関連はありませんでした(図1)。一方、男性では、レチノールの摂取量が少ないグループ(Q1)と比べて、多いグループ(Q4)において、全肺がんリスクの上昇がみられ、そのなかでも小細胞肺がんのリスクの上昇が確認されました。
図1.抗酸化ビタミン摂取と全肺がん罹患リスク
喫煙習慣のない人では、レチノールを多く摂取している男性グループでも有意な肺がんリスクの上昇はない
肺がんの最も大きなリスク要因である喫煙の影響を取り除くため、喫煙状況を分類したうえで検討しました。その結果、喫煙習慣のない(非喫煙者・過去喫煙者)男性では、レチノールの摂取量と肺がんの罹患リスクに統計学的に有意な関連はありませんでした(図2)。なお、喫煙習慣のある男性では、レチノールの摂取量が少ないグループに比べて、多いグループにおいて肺がん罹患リスクの上昇がみられました(図2)。レチノール以外の抗酸化ビタミン(αカロテン、βカロテン、ビタミンC、ビタミンE)は、喫煙状況別の検討でも、いずれの摂取量も肺がんリスクとの統計学的に有意な関連はみられませんでした。
図2.喫煙状況別にみたレチノール摂取と全肺がん罹患リスク(男性)
※ライト及びヘビースモーカーには喫煙者と過去喫煙者を含み、ライトスモーカーは喫煙指数19.9以下、ヘビースモーカーは喫煙指数20.0以上。喫煙指数=(1日の喫煙本数/20本)×喫煙年数。
この研究について
本研究の結果から、日本人において、レチノールを除く抗酸化ビタミン摂取と肺がんの罹患リスクとの間には統計学的に有意な関連がないことが示唆されました。一方、レチノールの摂取量が多い男性グループにおいて、全肺がんと小細胞肺がんのリスクの上昇がみられましたが、この肺がんリスク上昇は、喫煙習慣のある男性に限られることが確認されました。これは、肺がんのなかでも、小細胞がんは喫煙との関連が大きいことがわかっており、統計学的に喫煙の影響を調整しましたが、その影響を排除しきれなかった可能性が考えられます。今後の研究では、レチノールの多量摂取における肺がんリスクへの影響を調べるため、喫煙に関するより詳細な情報を用いた検討を行い、エビデンスを蓄積していくことが必要と思われます。