多目的コホート研究(JPHC Study)
飲酒と総死亡・がん死亡との関連
がんの原因を知るための研究アプローチには大きく2つの方法があります。一つは、がんの原因候補物質を動物や細胞に与えて、個体・細胞・遺伝子レベルでの変化をとらえる実験室での研究です。もう一つは、人集団で起こっている事象を観察し、どの様な特性を持つ人達ががんに罹る確率が高いのか、あるいは低いのかを調査する地域や病院をフィールドとした疫学研究です。
私たちは、約10万人の地域住民の方々から、生活習慣などに関するアンケート調査に回答して頂き、また、そのうち約5万人から健康診断の際のデータや血液を提供して頂き、様々な疾病の発症や生死に関して長期追跡を行い、どの様な人達ががんや脳卒中になりやすいのかを明らかにするコホート研究と呼ばれる疫学研究を行っています。1990年の調査に参加した40~59歳の男性約2万人の7年間の追跡のデータに基づき、飲酒状況と死亡との関連を検討した結果を、第58回日本癌学会総会および米国疫学雑誌1999年12月1日号(Am J Epidemiol 1999年150巻;1201-1207ページ)にて発表しました。概略について以下に説明します。
1990年時点の飲酒の程度により、6つのグループに分けて、年齢・喫煙・生活習慣などの影響を統計的手法により調整し、お酒を飲まない人達の死亡するリスクを1とした場合の相対リスクを計算しました。その結果、時々飲む人達(2週に1日程度)は 0.84、エタノールに換算して週に1~149g飲む人達(2日に1合程度)は 0. 64となり、死亡リスクが低くなっていました。さらに、週に150~299g飲む人達(1日1合程度)は 0.87、週に300~ 449g 飲む人達(1日2合程度)は 1.04 、週に450g以上飲む人達(1日4合程度)は 1.32と、段々と死亡リスクが高くなる傾向が認められました。このような傾向をアルファベットのJの字に喩えJ型カーブの関連と称し、虚血性心疾患が多い欧米ではしばしば観察されている現象です。がんによる死亡だけに注目した結果も、同様なJ型カーブが観察されましたが、お酒を沢山飲むグループの人達でよりがん死亡のリスクが高くなる傾向が認められました。
お酒は飲み過ぎると健康に悪いことは、このデータからも明らかになりました。果たして、お酒を飲まない人は、健康のために少量飲むようにすると良いのでしょうか? 残念ながら、この研究では、それに対する確実な回答を出すことが出来ません。
一つには、お酒を飲まない人達の中には、昔は沢山飲んでいたのに、健康を害して飲まなくなった人達が一部混ざっていて、飲まないグループの死亡率を上げた可能性が高いからです。そのため、がんや慢性肝疾患などの重篤な病気に罹っていると申告した人達を除いたり、飲酒についての調査をした時点で、既に重い病気に罹っていたと予想される追跡2年目以内の死亡者を除いた解析も行いましたが、J型の関連に大きな変化はありませんでした。
さらに、同一地域で行った調査では、非飲酒者の3割程度が過去の飲酒者であり(健康を害して飲酒を止めた人は1割程度)、他の研究で認められた過去の飲酒者の生涯の非飲酒者に対する相対リスクが 1.2であったことを考慮しても、観察されたJ型の関連に大きな影響を与えないと予想されます(過去の飲酒者を非飲酒者グループから除外すると、その他のグループの相対リスクは1割程度高くなることが推定されます)。さらに、時々飲む人達よりも低いリスクが、少量飲酒者に観察されていることも、J型の関連を支持する知見であると言うことができます。
もう一つには、J型の関連が事実であるとしても、お酒を飲まない人達と飲む人達では、その他の生活習慣や社会的状況、そして、遺伝的背景(飲めない体質)などにも違いがあります。さらに、非飲酒者グループには、もともと病弱でお酒を飲めなかった人達がいることが予想されます。このような要因については、ある程度統計的な調整を行いましたが、これらの飲酒以外の要因が、今回の死亡率の違いをもたらした本質である可能性は否定出来ません。
今回用いた研究手法であるコホート研究は、疫学研究の中でも観察型の研究と呼ばれ、少量飲酒者の死亡リスクが低いことを言えても、少量飲酒自体が因果関係の本質であるか否かについて明快な回答を出さない限界があります。少量飲酒の健康への効果を直接証明したい場合は、非飲酒者を無作為に2つのグループに分けて、飲酒以外の要因を均一化して、片方のグループに飲酒してもらい、死亡率やがん罹患率を比較するような研究(介入研究、無作為化比較試験)を行わなければなりませんが、倫理的にも実施困難な研究です。
今回の研究結果からの飲酒をする中年期男性へのメッセージとしては、
「少量程度(2日に1合から毎日1合程度)の飲酒は、健康に良い可能性はあるが、飲めば飲むほど死亡確率、特にがんによる死亡確率が高くなる」
ということであり、また、飲酒をしない男性へは、
「無理に飲むことを推奨するような研究結果ではない」
ということをご理解頂ければと考えています。