多目的コホート研究(JPHC Study)
体形とリンパ系腫瘍の発生との関係について
-多目的コホート研究(JPHC研究)からの成果報告-
私たちは、いろいろな生活習慣と、がん、脳卒中、心筋梗塞、糖尿病などの病気との関係を明らかにし、日本人の生活習慣病予防に役立てるための研究を行っています。
今回私たちは、平成2年(1990年)と平成5年(1993年)に、岩手県二戸、秋田県横手、長野県佐久、沖縄県中部、茨城県水戸、新潟県柏崎、高知県中央東、長崎県上五島、沖縄県宮古、大阪府吹田の10保健所(呼称は2009年現在)管内にお住まいの方々に、アンケート調査の回答をお願いしました。そのうち、 40~69歳の男女約96,000人について、その後平成18年(2006年)まで追跡した調査結果に基づいて、身長、体重等の身体的特徴と悪性リンパ腫・形質細胞性骨髄腫の発生率との関係について調べました。その結果を専門誌で論文発表しましたので、紹介します。(Cancer Epidemiol Biomarkers Prev. 2010 年19巻1623-31ページ)
身体的特徴と悪性リンパ腫(ML)・形質細胞性骨髄腫(PCM)
日本を含む先進国では、ここ数十年の間に、リンパ性の悪性疾患である悪性リンパ腫と形質細胞性骨髄腫の罹患率の増加が認められてきました。このことと平行するように、先進国において身長、体重の増加が認められており、因果関係を検討するための疫学研究が欧米を中心になされてきました。関連を報告する研究が存在する一方、必ずしも全ての研究で一貫した結果が得られているわけではありませんでした。翻って日本人集団に対する検討は症例対照研究を一つ認めるのみで、前向き研究での評価はなされていませんでした。そこで、多目的コホート研究で、身体的特徴とML・PCMの関連について検討を行いました。
身長の高い方がMLのリスクが高い
調査開始時のアンケート調査の、身長、体重の項目についての回答を基にして、男女別に、身長、体重、BMIに関して、その値により四つのグループに分け、ML・PCM、非ホジキンリンパ腫(NHL)の発生率を比較しました。
平均で約13.6年の追跡期間中に、ML257人(うち非ホジキンリンパ腫188人)、PCM88人が確認されました。年齢、居住地域、性別、喫煙状況、飲酒状況の偏りが結果に影響しないように考慮して、身長、体重、BMIとの関連を検討しました。
MLとPCMを合わせたリンパ性系腫瘍発生のリスクは、身長が最も低いグループに比べると、最も高い群で1.38倍になりました(図1)。この関連は男性のみで明らかで、男性では最も高い群が1.72倍になりました。ML、PCM、NHL別の解析では統計学的に有意差はないものの、最も高い群でリスクが高い傾向が見られました。
一方、体重、BMIに関しても同様の解析を行いましたが、統計学的に有意な関連は認められませんでした。
考えられるメカニズム
この研究からは、高身長がリンパ系腫瘍のリスクを高くする可能性が示されました。これまで身長とリンパ系悪性腫瘍リスクに関していくつもの検討がなされてきましたが、有意な関連を認めた研究におけるリスク上昇の度合いは、本研究で認められたものと大きな差はありませんでした。高身長によるリンパ系悪性腫瘍リスク増加のメカニズムとして、成長期におけるインスリン様成長因子(IGF)等を含むホルモン分泌との関連が考えられます。これまでに他のがん種においても、身長、IGFとの関連が報告されており、共通のメカニズムが存在している可能性が考えられます。
この研究について
今回の研究結果は高身長によるリンパ系悪性腫瘍のリスク上昇を示唆するものですが、身長が変容出来ない、リンパ系悪性腫瘍は適切な検診法が存在しない、他のがんほど頻度が高くない、等の点にもとづき、あくまで発生のメカニズムに示唆を与える研究であった、という解釈にとどめるべきでしょう。