多目的コホート研究(JPHC Study)
魚・n-3脂肪酸摂取と大腸がん罹患
-多目的コホート研究(JPHC研究)からの結果-
私たちは、いろいろな生活習慣とがん・脳卒中・心筋梗塞などの病気との関係を明らかにし、日本人の生活習慣病予防に役立てるための研究を行っています
平成2年(1990年)と平成5年(1993年)に,岩手県二戸、秋田県横手、長野県佐久、沖縄県中部(以上コホートI)、茨城県水戸、新潟県柏崎、高知県中央東、長崎県上五島、沖縄県宮古(以上コホートII)という9地域にお住まいの、40〜69歳の男女約9万人の方々に、食事や喫煙などの生活習慣に関するアンケート調査を実施しました。その後コホートI は10年間、コホートIIは7年間追跡し、魚の摂取量、魚に多く含まれているn-3多価不飽和脂肪酸摂取量と大腸がん発生率(リスク)との関係を調べた結果を、専門誌で論文発表しました(Nutrition and Cancer 2004年49巻32 - 40ページ)。この前向き追跡研究によって、魚やn-3系多価不飽和脂肪酸をたくさん食べても、大腸がんのリスクは低くならないということが示されました。
魚を食べても大腸がんのリスクは下がらない
追跡期間中に705名の方が大腸がん(結腸456名、直腸249名)になりました。研究参加者を男女それぞれ魚の摂取量によって4つのグループに分け、最も少ないグループに比べその他のグループで結腸がん・直腸がんリスクが何倍になるかを調べました。大腸がんのリスクは年齢、喫煙、飲酒によって高まることがわかっていますので、あらかじめその影響を除いた上で、魚と結腸がん・直腸がんとの関連を検討しました。その結果、男性も女性も、魚の摂取量が多いグループで結腸がん・直腸がんのリスクは高くも低くもなりませんでした。
EPA・DHAをたくさん食べても大腸がんのリスクは下がらない
今回の研究で魚と大腸がんとの関連に注目した理由は、魚にはEPA・DHAといった二重結合をたくさん持った脂肪酸(n-3系多価不飽和脂肪酸)が含まれており、これらの脂肪酸は大腸がんを予防するという実験室や動物での研究結果が複数報告されていたからです。しかし、今回の調査では、EPA・DHA摂取量が多いグループで結腸がん・直腸がんのリスクは高くも低くもなりませんでした。
必須脂肪酸摂取のバランス
生体機能の維持に不可欠であるのに、私たちの体内で合成できないため食事により摂取しなければいけない脂肪酸を必須脂肪酸といいますが、それにはn-3系多価不飽和脂肪酸の他にn-6系多価不飽和脂肪酸があります。しかしn-6系多価不飽和脂肪酸をたくさん摂りすぎると、発がんリスクが高くなるという報告もあり、また、n-3系多価不飽和脂肪酸の体内での働きの邪魔をするとも言われています。そこで、n-3系と n-6系の脂肪酸の比(n-3/n-6)と大腸がんとの関連を調べました。しかし、n-3/n-6が高いグループでも結腸がん・直腸がんのリスクは高くも低くもなりませんでした。
大腸がん予防のための生活習慣
大腸がんは、従来では欧米に多いがんとして知られていましたが、近年わが国の大腸がん罹患は急速に増加しています。その理由の一つとして、食生活の欧米化、特に脂質の摂取量の増加や脂肪酸の摂取バランスの問題があります。今回の研究では、n-3系多価不飽和脂肪酸をたくさん摂取しても大腸がんのリスクは下がりませんでした。しかし、わが国の魚の摂取量は欧米のみならず他のアジアの国と比べても非常に高いという特徴があるため、最も摂取量の低いグループでも他の国より摂取している可能性があります。したがって、n-3系多価不飽和脂肪酸をほとんど摂取しない人の大腸がんリスクについてはわかりません。また、今回の研究では魚の摂取が大腸がんのリスクを上げたわけではありませんし、n-3系多価不飽和脂肪酸は大腸がん以外に心筋梗塞を予防するという報告もあります。今後さらに肉や乳製品などその他の要因と大腸がんとの関連を明らかにしていく必要はあると思いますが、毎日肉ばかり食べるよりは、週に数回は魚を摂取したほうがいいでしょう。