多目的コホート研究(JPHC Study)
がんの自己申告の正確さについて
-多目的コホート(JPHC)研究の最近の調査から-
日本では、少し前まで「がん」にかかると、本人にはそれを告知しないことが一般的でした。ごく最近になって、インフォームド・コンセントが普及し、「がん」の告知が認容されるようになってきています。「がん」であることが本人に知らされるようになれば、自己申告から「がん」にかかったことを把握できる度合いが高くなると考えられます。
疫学研究では、「がん」など主要な病気の既往歴は必要不可欠な情報です。アンケート調査などの自己申告で既往歴を把握する場合には、それは実際の既往歴と比べてどの程度正確なデータなのかを知った上で、その研究結果について考える必要があります。しかしながら、そうした自己申告の正確さについて実際に評価した研究はほとんどありません。
多目的コホート研究では、以前、5年後のアンケート調査(1995年に実施)を使って「がん」の自己申告の正確さについて報告しました。すると、実際のがん罹患数のうち自己申告から把握できた割合は、わずか36%でした。そこで、インフォームド・コンセントが普及してきた5-9年後の調査(2000-2004年に実施)ではどうだったかについて専門誌に報告した結果をご紹介します。(Cancer Epidemiology 2011年35巻250-253ページ)
今回の調査では、10年後のアンケート調査の結果と、それまでの10年間の追跡調査による登録症例を照らし合わせました。研究の対象者は、コホートⅠ(葛飾を除く)とコホートⅡの参加者で、10年後調査に回答した93680人です。この中で、2943人が過去10年間にがんにかかったと自己申告しました。一方、研究開始時から継続しているがん登録調査においては、同じ10年間に3340人が何らかのがんにかかり登録されていました。
がんの自己申告の正確さは高くない
これらの結果を照合した結果、何らかのがんにかかった人全体のうち、アンケート調査でも「がん」にかかったと自己申告していた人は、53%でした。また、「がん」にかかったと自己申告していた人のうち、本当にがんにかかっていた人は60%でした。これを言い換えれば、47%の人はがんにかかってもそれを知らないか言いたくないなど、何らかの理由で「がん」にかかったことを自己申告しない、また、40%の人はがんではなかったのに「がん」にかかったと誤って申告したことになります。
がんについては、予後の良悪に伴う告知の状況などの違いにより、かかったかどうかを自己申告する割合が異なってきます。本調査では、何らかのがんにかかった人全体のうち、アンケート調査でも「がん」にかかったと自己申告していた人の割合及び「がん」にかかったと自己申告していた人のうち、本当にがんにかかっていた人の割合はそれぞれ、胃がんで62%と52%、大腸がんで38%と47%、肺がんで57%と46%、肝がんで42%と31%、乳がんで82%と58%、子宮がんで59%と22%でした。この結果から、部位によって異なるにしても、自己申告によってがんにかかったことを正確に把握するのは、比較的最近においても難しいことが判明しました。
がんの自己申告の正確さは、欧米の同様の調査からも報告されていますが、米国やスウェーデンではがんになった人の8割程度が自己申告によってがんになったと回答しています。その正確さの日本との差は、アジアにある日本の社会や文化、宗教などの背景が欧米と異なることにより起こってきていると考えられます。
この研究結果からわかること
多目的コホート研究では、がんや脳卒中、心筋梗塞について、保健所を通して、病院や主治医の先生方のご協力を得ながら可能な限り正確な情報を収集するように努めています。そして、5年後や10年後に実施したアンケートの結果だけで対象者の方が病気に罹ったかどうかを判断するという方法はとっていません。もし仮に、アンケート調査による自己申告のデータを採用して研究を行ったならば、がんにかかった人の約5割は見落とされ、しかも「がん」にかかったと申告した人のうち4割は、実際にはかかっていなかったという状況で結果を分析していたことになります。これでは、原因とがんなどの疾病との関連について、信頼性の高い結果を得ることができません。
がんなど生活習慣病の予防法の解明や実態の把握のためには、法的に整備された疾病登録が望まれます。また、研究を行う際には、病気にかかったかどうかの情報の収集は自己申告に頼ることなく、綿密に計画された疾病登録を行うことが必要です。そうしないと、正確な研究成果を得るのは困難です。
更新履歴(2013年7月17日):
多目的コホート研究では、以前、ベースライン調査(1990-1995年に実施)を使って「がん」の自己申告の正確さについて報告しました。すると、実際のがん罹患数のうち自己申告から把握できた割合は、わずか36%でした。そこで、インフォームド・コンセントが普及してきた約10年後の調査(2000-2004年に実施)ではどうだったかについて専門誌に報告した結果をご紹介します。
(年数などを赤字のように訂正)
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多目的コホート研究では、以前、5年後のアンケート調査(1995年に実施)を使って「がん」の自己申告の正確さについて報告しました。すると、実際のがん罹患数のうち自己申告から把握できた割合は、わずか36%でした。そこで、インフォームド・コンセントが普及してきた5-9年後の調査(2000-2004年に実施)ではどうだったかについて専門誌に報告した結果をご紹介します。