多目的コホート研究(JPHC Study)
コーヒー摂取と肝がんの発生率との関係について
―多目的コホート研究(JPHC研究)からの成果報告―
私たちは、いろいろな生活習慣と、がん、脳卒中、心筋梗塞、糖尿病などの病気との関係を明らかにし、日本人の生活習慣病予防に役立てるための研究を行っています。平成2年(1990年)と平成5年(1993年)に、岩手県二戸、秋田県横手、長野県佐久、沖縄県中部、茨城県水戸、新潟県柏崎、高知県中央東、長崎県上五島、沖縄県宮古の9保健所(呼称は2004年現在)管内にお住まいの方々に、アンケート調査の回答をお願いしました。そのうち、40~69歳の男女約9万人について、その後平成13年(2001年)まで追跡した調査結果に基づいて、コーヒー摂取と肝がんの発生率との関係について調べた結果を、専門誌で論文発表しましたので、紹介します(Journal of the National Cancer Institute 2005年97巻293-300ページ)。
コーヒーをよく飲んでいる人で肝がんの発生率が低い
調査開始時には、対象者の33%はコーヒーをほとんど飲まず、一方37%はほぼ毎日コーヒーを飲んでいると回答していました。調査開始から約10年間の追跡期間中に、334名(男性250名、女性84名)が肝がんになりました。調査開始時のコーヒー摂取頻度により6つのグループに分けて、その後の肝がんの発生率を比較してみました。なお、コーヒーをよく飲む人では喫煙者が多い、野菜やお茶の摂取が少ない、男性では飲酒量が少なく、女性では飲酒量が多いなどの傾向がみられ、これらの要因自体が肝がんの発生率と関連する可能性がありますので、あらかじめその影響を考慮して分析しています。
コーヒーをほとんど飲まない人と比べ、ほぼ毎日飲む人では肝がんの発生率が約半分に減少し、1日の摂取量が増えるほど発生率が低下し、1日5杯以上飲む人では、肝がんの発生率は4分の1にまで低下していました。発生率の低下は男女に関係なく見られていました。
コーヒーを毎日たくさん飲むようにすると肝がんの発生率が低くなるのか?
現在コーヒーをたくさん飲んでいる人からの肝がん発生率が低いというのは、おそらく事実でしょう。しかしながら、現在よりもコーヒーを多く飲むようにすると肝がんの発生率が低くなるか否かについては、さらなる研究により確認しなければなりません。特に、肝がんになる人の多くがかかっているウイルス性慢性肝炎や肝硬変などのように肝機能が悪い状態では、カフェインを代謝する機能が障害されるために、コーヒーを飲む量が減るという報告もあり、結果として、あたかもコーヒーをよく飲んでいると肝がんになりにくいかのように見えているだけなのかもしれません。残念ながら、この研究では、肝炎ウイルスの感染の有無や肝機能に関しての情報がないために、この点を明らかにすることはできません。また、B型かC型の肝炎ウイルスに感染していない人では、肝がんになることはまずありませんので、コーヒーをたくさん飲むことの肝がん予防におけるメリットは、ほとんどないものと思われます。
従って、今後、肝炎ウイルスに感染している人において、コーヒーを摂取することにより肝がんになるのを予防することができるかどうかを明らかにすることが重要だと考えられます。
どうしてコーヒーをよく飲んでいる人で肝がんの発生率が低くなるのか
どうしてコーヒーをよく飲んでいる人で肝がんの発生率が低くなるのかについては、実はまだよくわかっていません。コーヒーは、炎症を和らげる作用があり、肝炎の進行を防ぐことによって、肝がんを予防するのではないかとも考えられています。また、コーヒーにはクロロゲン酸をはじめとするたくさんの抗酸化物質が含まれており、動物実験などでは、これが肝臓のがん化を防御する方向に働いているという報告があります。一方、コーヒーにはカフェインも多く含まれています。最近、糖尿病などにコーヒーの予防効果が報告され、カフェインによるのではないかと推察されていますが、本研究の分析では、コーヒーと同じくカフェインの多く含まれている緑茶の場合、多く飲んでいる人でも肝がん発生率の低下がほとんど認められなかったことから、カフェインというよりは、コーヒーにのみ含まれている別の成分が関与しているものと思われます。
肝がんの最大の危険要因は、肝炎ウイルス
肝がんの原因として、絶対に忘れてはならないのは、肝炎ウイルスの存在です。わが国では、原発性肝がんの大部分を占める肝細胞がんの80%はC型肝炎ウイルス、10%はB型肝炎ウイルスが原因で発症しています。肝炎ウイルスは肝がんの最大の危険要因ですので、まずご自身が肝炎ウイルス検査を受け、これらの肝炎ウイルスに感染しているかどうかを知ることが重要です。感染している場合には、早めに専門医に相談し、肝硬変や肝がんになるのを予防したり遅らせたりする治療をおこなうのがよいと考えられます。また、感染していない場合には、医療に従事しているなど感染血液にふれる機会が多い場合を除いて、日常生活ではほとんど感染することはありませんが、むやみに感染状況のわからない血液にふれたりしないように心がけましょう。