多目的コホート研究(JPHC Study)
家族構成と自殺との関連について
-「多目的コホート研究(JPHC研究)」からの成果-
私たちは、いろいろな生活習慣と、がん・脳卒中・心筋梗塞などの病気との関係を明らかにし、日本人の生活習慣病予防に役立てるための研究を行っています。平成2年(1990年)と平成5年(1993年)に、岩手県二戸、秋田県横手、長野県佐久、沖縄県中部、茨城県水戸、新潟県長岡、高知県中央東、長崎県上五島、沖縄県宮古の9保健所(呼称は2011年現在)管内にお住まいだった40~69歳の方々のうち、ベースライン時の質問紙調査に参加された男女約10万人を2005年まで追跡した調査結果にもとづいて、家族構成と自殺との関連を調べた結果を専門誌で論文発表しましたので紹介します(Journal of Affective Disorders 2011年131巻113-119ページ)。
世界的に自殺は主要な死因のひとつです。わが国でも自殺による死亡は毎年3万人を超えており、自殺防止に向け社会的にさまざまな取り組みがなされています。自殺に関するリスク要因として社会的な背景がありますが、なかでも同居している家族によって差があることが知られています。たとえば、独り暮らし、離別や死別の経験、子どもがいないことは自殺のリスク上昇と関連しているという報告があります。このような研究より、家族と一緒に暮らすことは自殺に予防的に作用していると考えられます。現代の日本においては、かつての大家族から、高齢化や核家族化に伴う同居者の減少により様々な同居形態が混在しています。本研究は、同居している家族の構成が本人の自殺リスクとどのように関連しているかを明らかにすることを目的に行いました。
本研究では、ベースライン時に行った調査票のデータを用いて家族構成を分類し、2005年までの追跡期間に発生した406件の自殺による死亡(男 290名、女 116名)との関連を男女ごとに調べました。解析では、夫婦ふたりで暮らしている場合を基準として、その他の7つの同居家族の組み合わせについて相対的なリスクを計算しました。5年後の質問紙調査に回答した人については、その後の自殺リスクについては、5年後調査時の家族構成を用いて調べました。統計学的な手法により、年齢や居住地のほか、自殺リスクを高める喫煙や飲酒などの要因を調整しました。
妻と同居していない男性は自殺のリスクが上昇
男性では、独り暮らしの他、同居者が親のみ、子どものみ、親と子という妻と同居していない家族構成の人では、妻とふたりで暮らしている人に比べて自殺リスクが2倍前後、上昇していました。妻と同居している男性では、さらに親や子どもと同居していても自殺リスクは上昇も低下もしていませんでした。男性においては、妻との同居が自殺に対し予防的に働いていることが伺えます。一方、女性においては、独り暮らしは自殺リスクと関連しておらず、またその他の家族構成についてみても、夫との同居の有無によって自殺リスクに大きな差はありませんでした。
同居者が親だけの場合に自殺リスクが上昇
女性では、同居者が親のみの場合、夫婦世帯に比べて自殺リスクが3.8倍に上昇していました。男性でも同様に同居者が親のみの人では自殺リスクの上昇がみられますが、その上昇の度合いは妻と同居していない他の家族構成でみられるリスク上昇と同程度でした。女性においては、統計学的に有意ではありませんが、子どもと同居している人で自殺リスクが低下しており、その傾向は特に同居者に夫がいる場合にはっきりしていました。
今回の研究では、男性において妻と同居していない人、女性において親とのみ同居している人は夫婦ふたりで暮らしている人に比べて自殺リスクが上昇していました。このように男女で自殺リスクに関連する家族構成が異なっていました。その理由ははっきりとはわかりませんが、生活能力や親の介護負担の男女差などが影響しているのかもしれません。
独り暮らしが男性においては自殺リスクの上昇と関連したのに対し、女性では関連がみられなかったことは、海外の研究結果とも一致しています。生活上あるいは精神面において男性は女性に比べパートナーに依存する度合いが強いといわれており、妻と同居の有無は男性の心の健康を左右するものと思われます。
一方、女性では親とのみ同居している場合には自殺リスクが大きく上昇していました。その傾向は男性でも同様にみられました。高齢あるいは介護状態の親と暮らしている場合には身の回りの世話や精神的な面での負担が高まることは考えられます。本調査では同居する親の健康状態までは調べていませんが、今回の結果より同居者が親だけの未婚の中高者は自殺リスクが高いことが伺えます。
女性においては、子どもと同居している家族構成では、夫とのみ同居している場合にくらべ自殺リスクが低下する傾向がみられました。子どもの存在が女性にとって自殺に予防的に働くことを示唆する北欧の研究でも報告されており、今回の結果はそのことを裏付けるデータといえるでしょう。ただし、子どもがいても夫と同居していない場合にはリスク低下はわずかでした。その理由として、日本における女性の就労率が低いことや、仕事をしていても収入が少ないといった経済的な要因が働いている可能性もあります。
就職・結婚・出産・離別・子の就職・親の高齢化などによって家族構成は変化していきます。今回の研究により、同居する家族によって自殺リスクに違いがあることが明らかになりました。自殺リスクの高い家族構成があるということは、公衆衛生対策として、そのような家族を支援するための社会的なシステムあるいはネットワークを構築することが求められているといえるでしょう。今回の研究で考慮しえなかった、同居家族からの物質的・精神的な支援の程度、さらに友人の存在や社会参加の機会といった家族以外との関わりを含め、家族を含む周りの人とのつながりが精神の健康に及ぼす影響についてさらなる検討が必要です。