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多目的コホート研究(JPHC Study)

B型肝炎ウイルス単独感染者の肝がんリスク

「多目的コホート研究(JPHC研究)」からの成果

 

私たちは、いろいろな生活習慣と、がん・脳卒中・心筋梗塞などの病気との関係を明らかにし、日本人の生活習慣病予防に役立てるための研究を行っています。平成5年(1993年)に、茨城県水戸、新潟県長岡、高知県中央東、長崎県上五島、沖縄県宮古、大阪府吹田の6保健所(呼称は2011年現在)管内にお住まいだった、40~69歳の男女約2万人を平成17年(2005年)まで追跡した調査結果にもとづいて、B型肝炎ウイルス(HBV)感染者の肝がん発生と関係する要因を調査しました。その結果を専門誌で論文発表しましたので紹介します(Journal of Gastroenterology 2011年 46巻117–124ページ)。

 

研究方法の概要

1993‐1994年の多目的コホートⅡ開始時に登録いただいた40~69歳の68,975人の男女のうち、登録時にお願いした生活習慣を調査するためのアンケートの結果、健康診断の受診結果、および血液サンプルの揃っている人から、肝がん罹患歴のある人などを除き、残った19,393人をこの研究の対象者としました。今回の研究はHBV感染の影響を調べることが主眼なので、HCV抗体が検出された対象者については、HCV感染が肝がん発生に及ぼす影響が結果に混入することを避ける意味合いから、分析対象から除外しました。追跡調査は2006年末まで、平均12.7年にわたって行いました。110件の肝がん発生が見られました。

研究方法の概要

 

 

対象者の血清に対し、HBsAg(s抗原)、HBV抗体、HCV抗体、HBcrAg(HBVコア関連抗原)の検査・測定を行いました。 HBVコア関連抗原にはコア抗原とe抗原が含まれ、特殊な酵素免疫測定法により、それらの抗体陽性サンプルからも、抗原の検出が可能になります。また、HBVの遺伝子型・変異を同定するため、HBV感染者の血清から取り出したHBVのDNAを詳細に分析しました。

 

HBV感染者の肝がん発生と関係する要因(単変量解析)

HBV単独感染者479人について、肝がんが発生した13人のグループと発生しなかった466人のグループに分け、様々な要因を個別に2つのグループの間で比較し、各要因と肝がん発生との関係の統計的有意性を吟味しました。p値は、肝がんグループと非肝がんグループの間に見られるその要因の差が「偶然の結果である」確率です。つまり、ある要因についてp値が十分小さければ、その要因と肝がん発生との間になんらかの関係があるだろうと推定できるのです。

肝がん発症・非発症別にみたHBV感染者の特性
 肝がんグループ非肝がんグループP値
± は標準偏差、( %)はグループ中の割合、NSは統計的に有意でないことを表わす。
人数 13   466    
年齢 58.8 ± 6.3 55.1 ± 8.5 NS
男性 11 (85%) 209 (45%) <0.005
BMI 22.3 ± 2.9 23.4 ± 3.0 NS
アルコール多量摂取 0   36 (8%) NS
喫煙 7 (54%) 92 (20%) <0.005
ALT (IU/L) 44.7 ± 30.0 23.8 ± 20.4 <0.001
γ-GTP (IU/L) 31.7 ± 16.2 23.2 ± 25.2 NS
HBeAg 陽性 3 (23%) 14 (3%) <0.001
HBcrAg (kU/mL) 39276 ± 121639 6486 ± 47987 <0.05
HBcrAg 陽性 7 (54%) 99 (21%) <0.005
HBV DNA (log copies/mL) 6.1   4.1   <0.001
HBV DNA ≧ 5 log copies/mL 6 (46%) 39 (8%) <0.001
遺伝子型 B1/Bj 4 (31%) 264 (57%) NS (0.0637)
遺伝子型 C2/Ce 9 (69%) 202 (43%) NS (0.0637)
C1653T変異 6 (46%) 116/421 (28%) NS
T1753 V変異 6 (46%) 78/421 (19%) <0.05
A1762T/G1764A二重変異 11 (87%) 142/421 (34%) <0.001
G1896A変異 11 (87%) 348/421 (83%) NS


男性の割合、喫煙者の割合、ALTの平均値は肝がんグループの方で有意に多く/高くなっていますが、アルコール摂取やBMIに関しては有意な差がみられません。ウイルス学的な特性の中では、HBeAg陽性、HBcrAg陽性、HBcrAg濃度、HBV DNAレベルおよび「HBV DNAレベルが5 log copies/mL以上の人の割合」が肝がん発生者のグループに有意に多く見られます。HBVの変異の中では、T1753VとA1762T/G1764A二重変異が肝がんグループでより多く見られます。

HBVの遺伝子型によってB1/BjとC2/Ceにグループ分けした上で、同様のHBV変異に関する分析を行うと、遺伝子型C2/CeにおけるA1762T/G1764A二重変異のみが肝がんグループに有意に多く見られました。

 

HBV感染者の肝がん発生と関係する要因(多変量解析)

HBV単独感染者の肝がん発生と様々な要因との関係を多変量解析の一手法である多変量修正コックス・ハザード・モデルによって評価してみました。そうしたところ、A1762T/G1764A二重変異のみが独立リスク要因であるとの結果が得られました( ハザード比7.05、95%信頼区間1.03–48.12、p値 0.046)。カプラン・マイヤー法による分析もA1762T/G1764A二重変異の有無による肝がん発生確率の違いを示します。A1762T/G1764A二重変異が肝がん発生に影響を与えるメカニズムについてはいくつかの研究報告があります。

 

この研究について

この研究は日本のHBV感染者/患者について肝がん発生の要因を調べる初めての大規模前向きコホート研究です。A1762T/G1764A二重変異と肝がん発生の関係については先行する研究がありますが、それらは断面研究または症例対照研究の手法をとっており、今回の研究によって前向きコホート研究による検証を行うことができました。

この研究の問題点としては、HBV感染者のサンプル数が比較的少なく(479人)、統計分析の強度にやや疑問が残る点があげられます。また、ほとんどのHBV感染者は発病していない健康なキャリアであり、追跡調査開始時点では治療を受けていませんでしたが、追跡期間中の抗ウイルス治療に関するデータはないということも問題点としてあげられます。生活習慣、医療データ、HBVの変異などのデータは追跡開始時点で採取され、追跡期間中の変化は考慮に入れられていません。

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