多目的コホート研究(JPHC Study)
飲酒と自殺について
-「多目的コホート研究(JPHC研究)」からの成果-
私たちは、いろいろな生活習慣と、がん、脳卒中、心筋梗塞などの病気との関係を明らかにし、日本人の生活習慣病予防に役立てるための研究を行っています。今回は、男性を対象に、飲酒量と自殺の関係について調べました。
日本では近年自殺者の数が増加し、1998年以来年間3万人を超えていますが、犠牲者の多くは中年以降の男性です。がんなど国民の生活の質の低下や平均寿命前の死亡に直結する病気の発生には、喫煙や食事をはじめとする生活習慣の役割が重要と考えられていますが、自殺についても同じように生活習慣との関連を追及し、予防対策のための科学的根拠を得ることが期待されています。
平成2年(1990年)と平成5年(1993年)に、岩手県二戸、秋田県横手、長野県佐久、沖縄県中部、茨城県水戸、新潟県柏崎、高知県中央東、長崎県上五島、沖縄県宮古の9保健所(呼称は2004年現在)管内にお住まいだった40から69 歳の男性4万3383人の方々を、7から10年(平均8.5年)追跡した調査結果に基づいて、飲酒と自殺との関係について調べた結果を、専門誌で論文発表しましたので、紹介します(British Journal of Psychiatry 2006年188巻231-236ページ)。
「日本酒換算で1日3合以上」の飲酒者の自殺リスクは「月に1から3日」の2.3倍
登録時に実施したアンケート調査をもとに、飲酒状況でグループ分けをしました。まったく飲まない人が全体の 23.8%、時々(月に1から3回)飲む人が9.6%、定期的に(週に1回以上)飲む人が66.6%でした。さらに、定期的に飲む人については一週間の飲酒量をエタノール換算で算出し、138g未満(1日当たり日本酒にして約1合未満)、138 - 251g(同1から2合未満)、252 - 413g(同2から3合未満)、414g以上(同3合以上)の4つにグループ分けしました。なお、日本酒1合は、焼酎や泡盛なら0.6合、ビールなら大瓶 1本、ワインならグラス2杯、ウイスキーならダブル1杯に相当します。
追跡期間中に168人の自殺が確認されました。飲酒量別のグループの間で、自殺リスクを比べました(図)。最も飲酒量の多いグループの自殺リスクは、時々飲むグループの2.3倍になりました。定期的に飲む人では、飲酒量の多いグループほど自殺リスクが高くなる傾向がみられました。
また、まったく飲まないグループでも、時々飲むグループより自殺のリスクが高くなっていました。まったく飲まないと答えた人で過去の飲酒状況がわかっている約6000人について、飲んでいたが止めた人(約1000人)と、もともと飲まない人(約5000 人)に分けて調べると、飲んでいたが止めた人の自殺リスクは、時々飲む人の6.7倍と、特に高いことがわかりました。また、もともと飲まない人でも1.7 倍で、やはり高いようでしたが、統計学的には有意な差は認められませんでした。
飲まない人で自殺のリスクが高いわけ
習慣的な大量飲酒は自殺のリスク要因であることや、アルコール乱用者の間では自殺リスクが高いことが指摘されています。これまでの飲酒量と自殺リスクの関連について調べた前向きコホート研究では、飲酒量が多いほどリスクが高いという結果と、関連がないという結果に分かれていました。今回の研究は、大量飲酒者に加えて、お酒を飲まないグループでもリスクが高くなる「U字型」の関連を示した初めての前向きコホート研究です。
お酒を飲まない人で自殺のリスクが高くなる理由として以下のような可能性があげられます。この研究では、お酒を飲まないグループには、もともと飲まない人だけでなく、飲んでいたけれども止めた人が含まれています。まず、飲まないグループには、その後の自殺に結びつくような病気を抱えた人が多かったことが考えられます。また、お酒を飲むグループよりも、自殺のリスクが高いことが知られているうつ状態の人が多かった可能性も考えられます。その他にも同様に自殺リスクを高める可能性がある、友人や親しい人が少ないなど社会的な支援状況の違い、ある種の性格傾向、ストレスへの対処様式、宗教的背景の違い、あるいはアルコール依存症の経験などといった要因が理由として考えられます。
この研究の特徴
この研究は、信頼性が比較的高い飲酒量のデータを用いて飲酒と自殺との関連を調べた数少ない前向き研究のひとつです。
今回の研究では、うつ病などの気分障害、経済状況などの社会的要因、アルコール依存やアルコール乱用についての情報が得られていません。そのため、これらの影響を考慮できませんでした。また、それぞれの飲酒グループ内の自殺者数が少ないことや、自殺や飲酒量に関するデータの誤分類によって、比較の結果が実際よりも強調されたり、弱められたりしている可能性がないとはいえません。
また、対象地域に大都市が含まれていませんので、今回得られた結果が日本のあらゆる地域にあてはまるとは言い切れませんが、少なくとも、地方に住む日本人中年から高齢男性については、今回の結果を当てはめて考えることができると思われます。
今後の研究課題
日本では、近年、毎年3万人以上の自殺者があり、最も頻度の高い層が、中年以降の男性だと報告されています。自殺対策は、日本の公衆衛生上の緊急課題の一つです。
今回の研究で、習慣的に大量飲酒をする人の自殺リスクが2倍以上高くなることがわかりました。さらに、予想しなかった結果ですが、飲酒しない人も自殺対策の対象として考慮すべき可能性が示されました。
なぜ飲酒しない中年以降の男性で時々飲む人よりも自殺リスクが高くなったのか、他の集団ではどうなのか、今後さらに詳しく研究し、原因を確認する必要があります。