多目的コホート研究(JPHC Study)
5つの健康習慣とがんのリスク
‐多目的コホート研究の成果-
私たちは、いろいろな生活習慣と、がん・脳卒中・虚血性心疾患・糖尿病などの病気との関係を明らかにし、日本人の生活習慣病予防に役立てるための研究を行っています。1995-9年に、岩手県二戸、秋田県横手、長野県佐久、沖縄県中部、茨城県水戸、新潟県長岡、高知県中央東、長崎県上五島、沖縄県宮古、大阪府吹田の10保健所(呼称は2012年現在)管内にお住まいだった、45~74才のがんや循環器疾患の既往のない約8万人の方を、2006年まで追跡した調査結果にもとづいて、5つの生活習慣(喫煙、飲酒、食事、身体活動、肥満度)と全がん発生率との関連を調べた結果を、専門誌で論文発表しましたので紹介します。 (Prev Med 2012年54巻112‐116ページ)
がんなどの病気の発生にどのような要因が関連するのかを調べるとき、ひとつの要因に焦点を絞って研究を行うのが主流です。たとえば喫煙と肺がん、コーヒーと肝がん、肥満度と大腸がん、などといった具合です。しかし、実際の私たちの生活はひとつの要素では説明できず、喫煙、飲酒、食事など、様々な要素が組み合わさって成り立っています。そこで、今回、がんとの関連が重要視されている喫煙、飲酒、食事、身体活動、肥満度の5つの要因の組み合わせによってその後のがん全体の発生にどの程度違いが見られるのかを検討しました。
5つの健康習慣とは
喫煙、飲酒、食事、身体活動、肥満度の5つの要因ががんの発生の要となることは、国内でも国際的にも認められています。実際に、日本人を対象とした研究をもとに策定されたがん予防指針「日本人のためのがん予防法」では、これら5つの要因に感染を加えたものをがん予防の鍵として取り入れています。今回の研究では、5つの健康習慣を過去の研究結果から次の表1のように定義しました。
表1.5つの健康習慣の定義
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健康習慣 |
具体例 |
1 |
非喫煙(過去喫煙は含みません) |
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2 |
節酒 (エタノール換算で150g/週 未満) |
たとえば、日本酒1合はエタノールに換算して23gです。これを毎日飲む場合、エタノール換算で161g/週になります。 |
3 |
塩蔵品を控える(0.67g/日 未満) |
たとえば、たらこ1/4腹(20g)を月に1回食べると、約0.67g/日になります。 |
4 |
活発な身体活動(男:37.5メッツ・時/日以上、女:31.9メッツ・時/日以上) |
たとえば、活発な身体活動をする会社員(1日に筋肉労働や激しいスポーツ:1時間以上、座っている:8時間以上、歩いたり立っている:1時間未満)の活動量はちょうど37.5メッツ・時/日になります。また、典型的な主婦の活動(筋肉労働や激しいスポーツ:なし、座っている:3時間以下、歩いたり立っている:3~8時間)は、31.4メッツ・時/日になります。 |
5 |
適正BMI (男21-27、女19-25) |
肥満指数(BMI)は、体重kg/(身長m)2 で計算します。 |
実践している健康習慣の数とがん
5つの健康習慣のうち、実践しているのが0または1個のグループを基準とした場合の、2個、3個、4個、5個実践しているグループのがんのリスクを表2に示しました。基準グループのリスクを1とすると、それぞれのグループのがんの相対リスクは男性で0.86、0.72、0.61、0.57、女性で0.86、0.73、0.68、0.63と、直線的に低下しました。平均すると、1個健康習慣を実践するごとに、がんのリスクは男性で14%、女性で9%低下するという計算になります。
さらに、年齢により分けてみました。男性では60歳未満と60歳以上とで結果に差は見られませんでしたが、女性では60歳未満では健康習慣の数によりリスクが低下する傾向はあるものの、統計学的に有意となるほどではありませんでした。今回の対象集団では、乳がんが60歳未満の女性のがんの21%で首位を占めていました。乳がんの危険因子としては、女性ホルモンであるエストロゲンが関係することが知られています。エストロゲンにさらされる期間は、初経年齢、自然に閉経した年齢、出産経験、初産年齢などである程度決まりますが、今回の5つの習慣の中には入っていません。また、簡単に変えられる要因でもありません。したがって、60歳未満の女性では、はっきりした結果が得られなかったのでしょう。
いずれにしても、60歳以上でも、これらの5つの健康習慣の実践によって、がん予防効果が得られることが分かりました。あきらめずに、いつでもこれまでの習慣を見直し、改善に努める姿勢が大切です。
生活習慣改善のきっかけ
今回の研究では、たとえば喫煙なら非喫煙と喫煙・過去喫煙のように2大別していますので、喫煙者の中でも吸う本数の多い場合・少ない場合などの量に関する細かい差は考慮できていません。しかしながら、量について細かく分類しても、今回と同様に、健康習慣を実践するほど、直線的にがんのリスクの低下がみられます。また、この研究では、がんの発生の機序に迫ることよりも、がんの予防に取り組む、すなわち生活習慣改善に結びつく指標としての分かりやすさに重きを置いています。分かっていてもなかなか変えられない習慣。5つのうち、今より1個でも習慣が変えられればがんのリスクは確実に低下します。今からでも遅くありません。あなたの生活を見直してみましょう。