トップ >多目的コホート研究 >現在までの成果 >海藻摂取と甲状腺がん発生との関連について
リサーチニュース

JPHCに関するお問い合わせはこちら
 


 

多目的コホート研究のメールマガジン購読申込みはこちら

多目的コホート研究(JPHC Study)

海藻摂取と甲状腺がん発生との関連について

-多目的コホート研究(JPHC研究)からの成果-

 

私たちは、いろいろな生活習慣と、がん、脳卒中、心筋梗塞、糖尿病などの病気との関係を明らかにし、日本人の生活習慣病予防に役立てるための研究を行っています。
平成2年(1990年)と平成5年(1993年)に、岩手県二戸、秋田県横手、長野県佐久、沖縄県中部、茨城県水戸、新潟県長岡、高知県中央東、長崎県上五島、沖縄県宮古、大阪府吹田の10保健所(呼称は2011年現在)管内にお住まいの方々に、アンケート調査の回答をお願いしました。そのうち、40~69歳の女性約5万人について、その後平成19年(2007年)まで追跡した調査結果に基づいて、海藻摂取と甲状腺がん発生との関係について調べた結果を、専門誌で論文発表しましたので、ご紹介します(European Journal of Cancer Prevention 2012年21巻254-260ページ)

日本人は、海藻を食べる独特の文化を持っています。海藻は、甲状腺ホルモンの構成成分であるヨウ素を多く含んでいる食べ物です。日本人は、海藻からのヨウ素摂取により(日本人が摂取しているヨウ素の約8割は海藻由来)、ヨウ素不足になる心配はなく、むしろ必要量よりも多くのヨウ素を摂取していると考えられています。
ヨウ素は生命維持に欠かせない重要なミネラルですが、それのとりすぎが甲状腺がん発生の原因になるという報告があります。これまでの研究では(3つの症例対照研究)、ヨウ素摂取量が増える事で甲状腺がんリスクが上昇したという報告はありません。しかしながら、いずれも欧米人を対象にしており、日本人のようにヨウ素摂取量の多い集団ではありませんでした。そこで、我々は、海藻摂取をヨウ素摂取の代替指標として、甲状腺がん発生との関連を調べました。甲状腺がんの中でもとくに、ヨウ素が充足している集団に多い組織型である「乳頭がん」に注目しました。

 

海藻摂取と甲状腺がん発生に関連を認めた

調査開始時に行った食事摂取頻度に関する質問への回答から、週2日以下、週3~4日、ほとんど毎日という3つのグループに分けて、その後の甲状腺がんの発生率を比較しました。約14年間の追跡期間中に、女性134名が甲状腺がん(うち、113症例は乳頭がん)になりました。
まず海藻摂取と全甲状腺がん発生との関連を調べたところ(図1)、海藻食べる頻度が多い人ほど甲状腺がんになりやすい傾向を認めました。甲状腺がんの中でも、乳頭がんに絞って解析したところ、週2日以下しか海藻を食べない女性と比べて、ほとんど毎日海藻を食べる女性で、統計学的に有意に甲状腺がんリスクが高くなっていました。

 

 

 

閉経後の女性でのみ、海藻摂取が甲状腺がんのリスクになっていた

さらに我々は、甲状腺がんの発生には、女性ホルモン(エストロゲン)の関与が指摘されていることから、エストロゲン濃度が大きく異なる閉経前と閉経後の女性に分けて、海藻摂取と甲状腺がんの発生の関連を解析しました(図2)。すると、閉経前の女性では、海藻摂取と甲状腺がんリスクに関連を認めなかったのに対して、閉経後の女性では、海藻の摂取頻度が多い女性ほど甲状腺がんになりやすいという結果を得ました。

 

図2 閉経前・後で層化(40-69日本人女性52679名を平均14.5年追跡)


どうして閉経後の女性だけで海藻摂取と甲状腺がん発生との関連を認めたのか、はっきりは分かりません。一つは年齢による海藻摂取量の違いが影響しているのかもしれません。国民健康栄養調査は、閉経前の女性よりも閉経後の女性の方が、海藻摂取量が多い(すなわちヨウ素摂取量が多い可能性)ことを報告しています。それだけではなく、甲状腺がん発生に関与していると考えられている女性ホルモン(エストロゲン)により、閉経前後での関連の違いを説明できる可能性があります。海藻がエストロゲン濃度を下げる方向に働いた、という実験報告があります。閉経前の甲状腺がんには、甲状腺がんの増殖に関与するエストロゲン受容体αの発現が多い事が知られているので、エストロゲン濃度を下げる海藻は甲状腺がんを予防する方向に働く可能性があります。そうだとすると、閉経前に食べる海藻は、ヨウ素による甲状腺がんリスクの上昇と、エストロゲン濃度を下げる働きによるリスク低下という逆方向の作用が打ち消しあい、関連を認めなかったのかもしれません。一方、エストロゲン濃度が低く、エストロゲン受容体αの発現が少ない閉経後では、海藻の女性ホルモンを介した甲状腺がん予防作用が働かないことで、海藻中のヨウ素による甲状腺がんリスクの上昇が観察された可能性があります。閉経前後での海藻摂取と甲状腺がん発生との関連の違いについて、今後、さらに検討していく必要があります。

まとめ

この研究では、閉経後の女性において、海藻摂取が甲状腺がん(とくに乳頭がん)のリスクを上げる可能性が示されました。海藻に多く含まれているヨウ素が原因である可能性があります。しかしながら、この研究で使用した食事に関する質問票調査では、ヨウ素摂取量を推定することが難しく、直接ヨウ素摂取と甲状腺がん発生との関連を検討できなかったところがこの研究の限界です。
甲状腺がんの予防につながるような疫学研究からの知見は世界的にも不足しています。甲状腺がん予防に向けて、今後さらに研究成果を蓄積していかなければなりません。

上に戻る