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多目的コホート研究(JPHC Study)

血中イソフラボン濃度と乳がん罹患との関係について

-「多目的コホート研究(JPHC研究)」からの成果-

私たちは、いろいろな生活習慣と、がん・脳卒中・心筋梗塞などの病気との関係を明らかにし、日本人の生活習慣病予防に役立てるための研究を行っています。平成2年(1990年)と平成5年(1993年)に、岩手県二戸、秋田県横手、長野県佐久、沖縄県中部、茨城県水戸、新潟県長岡、高知県中央東、長崎県上五島、沖縄県宮古、大阪府吹田の10保健所(呼称は2008年現在)管内にお住まいだった、40~69才の女性約2万5000人の方々を、平成14年(2002年)まで追跡した調査結果にもとづいて血中イソフラボン濃度と乳がん発生率との関連を調べた結果を、専門誌で論文発表しましたので紹介します (Journal of Clinical Oncology 2008年26巻1677-1683ページ)。

保存血液を用いた、コホート内症例対照研究

多目的コホート研究を開始した時期(1990年から1995年まで)に、一部の方から、健康診査等の機会を利用して研究目的で血液を提供していただきました。今回の研究対象に該当し保存血液のある女性約2万5000人のうち、10年半の追跡期間中、144人に乳がんが発生しました。乳がんになった方1人に対し、乳がんにならなかった方から年齢・居住地域・採血日・採血時間・空腹時間・閉経状況の条件をマッチさせた2人を無作為に選んで対照グループに設定し、合計432人を今回の研究の分析対象としました。

保存血液を用いて血漿中イソフラボン(ゲニステインとダイゼイン)濃度を測定し、それぞれ値によって最も低いから最も高いまでの4つのグループに分け、乳がんリスクを比較しました。

ゲニステイン濃度が高いグループの乳がんリスクは低い

その結果、ゲニステイン濃度の最も高いグループ(中央値353.9ng/mL)の乳がんリスクは、最も低いグループ(中央値31.9ng/mL)の約1/3(0.34倍)でした。食事からの摂取量と血清濃度を比較したデータを用いて1日あたりの摂取量に換算すると、353.9ng/mLはゲニステインで28.5mg、イソフラボンでは46.5mgに相当します。一方、ダイゼインでは同様の関連は見られませんでした(図1)。

図1.血中イソフラボンと乳がんリスク

イソフラボン濃度と乳がんリスクの関連は閉経状態で異なるか?

さらに、アンケートの回答をもとに閉経前と閉経後に分けて、血中イソフラボン濃度と乳がんリスクの関連を検討しました。すると、閉経前の女性では、ゲニステイン濃度の最も高いグループの乳がんリスクは最も低いグループの0.14倍でした。一方、閉経後の女性では0.36倍と低いものの、統計的に有意というわけではありませんでした。閉経状況によってイソフラボンの影響が大きく異なることはなさそうですが、それぞれのグループの人数が少ないこともあり、この結果の解釈には注意が必要です(図2)。

図2.血中ゲニステインと乳がんリスク

この研究について

JPHC研究でも大豆製品やイソフラボン摂取と乳がんリスクの関連を報告していますが、先行研究では概して摂取量の多い群での乳がんリスクの低下が報告されています。しかし、血中や尿中のイソフラボン濃度を測定して関連を見た研究は少なく、結果は一致していません。また欧米の研究が中心で、大豆製品をよく食べるアジアの研究はありませんでした。日本人が対象であるこの研究では、欧米人では検討できなかった高い濃度でのイソフラボンの影響を検討することができました。

この研究では、イソフラボンの中でもゲニステインとの関連が見られましたが、ダイゼインとの関連は見られませんでした。イソフラボンは植物エストロゲンとも呼ばれ、構造が女性ホルモンに類似し、エストロゲン受容体に結合するため、乳がんに予防的に働くと考えられています。ゲニステインはダイゼインよりもエストロゲン受容体への結合力が強く、血中濃度が高く、半減期が長いことから、効果がよりはっきり現れたと考えられます。またダイゼインは腸内細菌によって作用のより強いイコールに代謝されますが、その代謝は人によって異なり、実際に代謝できる人は30から50%程度とされています。したがってダイゼイン濃度との関連では、イコールの影響で関連が見えにくくなっていたと考えられます。しかし、今回はイコール濃度が分析できなかったため、その影響を考慮することができませんでした。

ところで、イソフラボンはエストロゲン受容体に結合するため、逆に乳がんのリスクを上げるのではないかという仮説があります。動物実験でこの仮説を支持する結果があり、イソフラボンの摂り過ぎによる害が懸念されています。今回の研究では食事からとれる範囲で血中濃度について検討しましたが、高い濃度でも乳がんリスクの上昇は見られず、むしろリスクの低下が見られました。したがって、食事から摂取する範囲ならば、少なくともイソフラボンをよくとる人で乳がんのリスクが高いということはないと考えられます。

今回、幼少期から大豆製品をよく食べる習慣のある日本人を対象にした研究で、イソフラボンの血中濃度の高い女性で乳がんのリスクが低いという可能性が示唆されました。ただし、この研究からは人生のどの時期にどれくらい摂取すればよいのか、サプリメントの影響はどうなのかなどについては明らかになっていませんので、今後の研究が期待されます。

研究用にご提供いただいた血液を用いた研究の実施にあたっては、具体的な研究計画を国立がんセンターの倫理審査委員会に提出し、人を対象とした医学研究における倫理的側面等について審査を受けてから開始します。今回の研究もこの手順を踏んだ後に実施いたしました。国立がんセンターにおける研究倫理審査については、公式ホームページをご参照ください。

多目的コホート研究では、ホームページに保存血液を用いた研究計画のご案内を掲載しています。

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