多目的コホート研究(JPHC Study)
乳製品、飽和脂肪酸、カルシウム摂取量と前立腺がんとの関連について
-「多目的コホート研究(JPHC研究)」からの成果-
私たちは、いろいろな生活習慣と、がん・脳卒中・心筋梗塞などの病気との関係を明らかにし、日本人の生活習慣病予防に役立てるための研究を行っています。平成7年(1995年)と平成10年(1998年)に、岩手県二戸、秋田県横手、長野県佐久、沖縄県中部、茨城県水戸、新潟県長岡、高知県中央東、長崎県上五島、沖縄県宮古、大阪府吹田の10保健所(呼称は2008年現在)管内にお住まいだった、45~74歳の男性約4万3千人の方々を平成16年(2004年)まで追跡した調査結果にもとづいて、乳製品、飽和脂肪酸、カルシウム摂取量と前立腺がん発生率との関連を調べた結果を専門誌で論文発表しましたので紹介します。 (Cancer Epidemiol Biomarkers Prev. 2008年17巻930-937ページ)
乳製品をよく摂取するグループで前立腺がんになりやすい
対象者約4万3千人のうち、329人が前立腺がんになりました。乳製品、牛乳、チーズ、ヨーグルトの摂取量によって4つのグループに分けて、最も少ないグループに比べその他のグループで前立腺がんのリスクが何倍になるかを調べました。その結果、乳製品、牛乳、ヨーグルトの摂取量が最も多いグループの前立腺がんリスクは、最も少ないグループのそれぞれ約1.6倍、1.5倍、1.5倍で、摂取量が増えるほど前立腺がんのリスクが高くなるという結果でした(図1)。さらに、前立腺がんの進行度別にわけても、同様の結果がみられました。
カルシウムや飽和脂肪酸は前立腺がんのリスクをやや上げる
日本人男性にとって、乳製品はカルシウムだけでなく、飽和脂肪酸の主要な摂取源です。そこで、カルシウム、飽和脂肪酸の摂取量によって4つのグループに分けて、摂取量が最も少ないグループに比べその他のグループで前立腺がんのリスクが何倍になるかを調べました。その結果、カルシウムも飽和脂肪酸も同様に、前立腺がんリスクをやや上げる傾向にありました。飽和脂肪酸は炭素数の違いによりさらに細かく分かれるので、成分別にみてみると、ミリスチン酸、パルミチン酸の摂取量が最も多いグループの前立腺がんリスクは、最も少ないグループの、それぞれ約1.6倍、1.5倍であり、摂取量が増えるほどリスクがあがるという結果でした(図2)。
乳製品と前立腺がんとの関係
欧米では、多くの研究で、乳製品が前立腺がんのリスクであることが報告されています。カルシウム摂取により、前立腺がんのリスクと関係のある、血中のビタミンD濃度を下げたり、Insulin-like growth factor-I(IGF-I)濃度を上げたりすることで前立腺がんのリスクとなる可能性が考えられ、2007年の世界がん研究基金と米国がん研究協会[World Cancer Research Fund(WCRF)/American Institute for Cancer Research(AICR)による、主に欧米の疫学研究の結果をまとめた報告によると、カルシウムは前立腺がんのリスクを上げる可能性があることが指摘されています。しかし、今回の研究では、カルシウム摂取と前立腺がんとの関連は強くありませんでした。この理由として、日本人は欧米人と比較してカルシウム摂取量が少ないことが考えられます。
一方、乳製品に含まれる飽和脂肪酸の摂取により、テストステロン濃度を上げることで前立腺がんのリスクとなる可能性も推測されています。今回の研究では、飽和脂肪酸の中でも、ミリスチン酸やパルミチン酸と前立腺がんとの関連が見られ、日本人男性の前立腺がんでは、カルシウムよりも飽和脂肪酸の関連がより強いように見えます。しかし、今回の研究では、カルシウムを多くとる人は飽和脂肪酸も多くとっている傾向があったために、カルシウムと飽和脂肪酸の影響が完全に分けられていない可能性があるので、どちらが影響しているのかは結論づけられませんでした。
乳製品の摂取は控えた方がよいのか?
今回の研究では、乳製品をたくさん摂取すると前立腺がんのリスクが高くなりましたが、一方、乳製品の摂取が、骨粗鬆症、高血圧、大腸がんといった疾患に予防的であるという報告も多くあります。したがって、乳製品の摂取を控えた方がいいかについては、総合的な判断が必要であり、現時点では結論を出すことはできません。今後、乳製品の利益と不利益のバランスを明らかにするような研究が期待されます。
乳製品の摂取量の推定値について
今回の研究で、全対象者に実施された食物摂取頻度アンケート調査から、各グループの摂取量(中央値)を算出すると、最も少ないグループはほとんど摂取していませんでした。また、最も多いグループは、乳製品339.8g、牛乳290.5g、チーズ6.2g、ヨーグルト31.5gになりました。
それらの値を、対象者の一部に実施されたより直接的な食事記録調査から算出された値と対比すると、コホートI(岩手県二戸、秋田県横手、長野県佐久、沖縄県中部)については57%、コホートII(茨城県水戸、新潟県長岡、高知県中央東、長崎県上五島、沖縄県宮古、大阪府吹田)については40%ほど過大評価していることになります。
多目的コホート研究などで用いられる食物摂取頻度アンケート調査は、摂取量による相対的なグループ分けには適していますが、それだけで実際の摂取量を正確に推定するのは難しく、また年齢や時代・居住地域などが限定された対象集団の値を一般化することは適当とは言えませんので、ここに示した摂取量はあくまで参考値にすぎません。