多目的コホート研究(JPHC Study)
カルシウム摂取と循環器疾患の関連について
-「多目的コホート研究(JPHC研究)」からの成果-
私たちは、いろいろな生活習慣と、がん・脳卒中・心筋梗塞などの病気との関係を明らかにし、日本人の生活習慣病予防に役立てるための研究を行っています。平成2年(1990年)に、岩手県二戸、秋田県横手、長野県佐久、沖縄県中部の4保健所(呼称2008年現在)管内にお住まいで、循環器病にもがんにもなっていなかった40~59歳の男女約4万人を、2002年まで追跡しました。
研究開始時とその5年後に実施した食事調査を含む生活習慣についてのアンケート調査から、総カルシウム摂取量、牛乳・チーズ・ヨーグルトなどの乳製品からのカルシウム摂取量、大豆製品・野菜などの乳製品以外からのカルシウム摂取量のデータを得て、その後約13年の追跡期間中に発症した脳卒中・虚血性心疾患との関連を調べました。この研究結果を国際専門誌に発表しましたので紹介します。
(Stroke. 2008年39巻2449-2456ページ)
総カルシウム摂取量が多いと脳卒中のリスクが低下
追跡調査中に、脳卒中1,321人(うち脳梗塞664人、脳出血425人)、虚血性心疾患322人の発症が確認されました。
まず、総カルシウム摂取量によって5つのグループに分け、脳卒中、虚血性心疾患の発症リスクとの関連を調べました。すると、総カルシウム摂取量の最も多いグループでは最も少ないグループに比べて脳卒中の発症リスクが0.70倍(95%信頼区間:0.56-0.88)と低いことがわかりました(図1)。同様の弱い傾向が、脳梗塞の発症リスクとの間にも見られました。
乳製品からのカルシウム摂取量が多いと脳卒中・脳梗塞のリスクが低下
次に、乳製品からのカルシウム摂取量によって5つのグループに分け、脳卒中、虚血性心疾患の発症リスクとの関連を調べました。乳製品からのカルシウム摂取量が最も多いグループでは最も少ないグループに比べて、脳卒中の発症リスクが0.69倍(95%信頼区間:0.56-0.85)と低いことがわかりました(図2)。脳卒中の病型別に見ても、脳梗塞の発症リスクが0.69倍(95%信頼区間:0.52-0.93)、脳出血の発症リスクが0.64倍(95%信頼区間:0.77-0.96)といずれの病型でも低いことがわかりました。
一方、乳製品以外からのカルシウムでは、摂取量が増えても脳卒中の発症リスクに統計学的に有意な低下は見られませんでした。
日本人では、カルシウム摂取による脳卒中予防の可能性がある
この研究によって、食事からのカルシウムの摂取、特に乳製品からのカルシウム摂取が脳卒中の発症リスクを低減させることが、日本人の追跡調査において初めて示されました。乳製品以外からのカルシウム摂取では明らかな効果は見られませんでした。
日本人では総カルシウム摂取量や乳製品からのカルシウム摂取量が多い人は少ない人に比べて血圧値が低いことがこれまでの研究により明らかとなっています。また、血圧値だけでなく、カルシウム摂取は血小板の凝集やコレステロールの吸収を抑えることも報告されています。これらが脳卒中に対する予防効果が示された理由と考えられます。
一方で、カルシウム摂取と虚血性心疾患との間には明らかな関係は認められませんでした。その理由として、乳製品を多く摂取するとカルシウムと同時に飽和脂肪酸という虚血性心疾患の発症リスクを上げる栄養素を体内に取り込むことになるため、カルシウムの効果を打ち消してしまっている可能性が考えられます。
この研究結果からは、日本人はカルシウム摂取、特に乳製品からのカルシウムの摂取を増やすことによって、脳卒中を予防できる可能性が示されました。ただし、カルシウムのサプリメントについては検討されていないため、その摂取については脳卒中を予防するかどうかはわかりません。
なお、今回の研究では、年齢、性別、体格(Body Mass Index)、居住地域、アルコール摂取状況、喫煙状況、糖尿病の既往と治療状況、高脂血症治療薬の影響、閉経の影響、ナトリウム・カリウム・n-3脂肪酸の摂取状況をできるだけ取り除いて検討しています。また、高血圧の既往と治療状況についてもその影響をできるだけ取り除いた方法で検討しています。
乳製品の摂取量の推定値について
今回の研究で、全対象者に実施された食物摂取頻度アンケート調査から、各グループの摂取量(中央値)を算出すると、総カルシウムについては最も少ないグループは1日当たり233mg、最も多いグループは753mgでした。また乳製品からのカルシウムについては最も少ないグループはほとんど摂取しておらず(0mg)、最も多いグループは116mgでした。
それらの値を、対象者の一部に実施されたより直接的な食事記録調査から算出された値と対比すると、どちらも約17%過小評価していることになります。食事記録調査の値をもとにすれば、乳製品からのカルシウム摂取が最も多いグループは最も少ないグループに比べて、1日あたり中央値で140mg多いことになります。
多目的コホート研究などで用いられる食物摂取頻度アンケート調査は、摂取量による相対的なグループ分けには適していますが、それだけで実際の摂取量を正確に推定するのは難しく、また年齢や時代・居住地域などが限定された対象集団の値を一般化することは適当とは言えませんので、ここに示した摂取量はあくまで参考値にすぎません。