多目的コホート研究(JPHC Study)
肉類摂取と糖尿病との関連について
-「多目的コホート研究(JPHC研究)」からの成果報告-
私たちは、いろいろな生活習慣と、がん・脳卒中・心筋梗塞などの病気との関係を明らかにし、日本人の生活習慣病予防に役立てるための研究を行っています。平成2年(1990年)と平成5年(1993年)に、岩手県二戸、秋田県横手、長野県佐久、沖縄県中部、東京都葛飾区、茨城県水戸、新潟県長岡、高知県中央東、長崎県上五島、沖縄県宮古、大阪府吹田の11保健所(呼称は2013年現在)管内にお住まいだった40~69歳の方々に、食事調査を含む生活習慣についてのアンケートに回答していただきました。5年後の平成7年(1995)年と平成10年(1998年)には、より詳しい食事調査を含む2回目のアンケートで、当時の生活習慣について回答していただきました。そのうち、1回目と2回目の調査時点で糖尿病、循環器疾患にもがんにもなっていなかった男女約6万4000人の方々を、2回目の調査時点から平均約5年追跡しました。これらの調査結果にもとづいて、肉類の摂取と糖尿病発症との関連を調べた結果を、専門誌で論文発表しましたので紹介します(British Journal of Nutrition 2013年 110巻 1910-8ページ)。
牛肉や豚肉などの赤肉に豊富に含まれる鉄は、酸化ストレスや炎症を引き起こし、インスリン感受性を低下させるという動物実験の結果があり、ヒトにおいても肉類、特に赤肉の摂取による糖尿病のリスク上昇が懸念されます。しかし、これまでの疫学研究では、日本を含むアジアで行なった研究はほとんどなく、男女により、肉の摂取と糖尿病リスクに対する結果が異なっています。そこで、多目的コホート研究において、肉類(総肉類・赤肉・加工肉・鳥肉)の摂取と糖尿病発症との関連について男女別に検討しました。
男性で糖尿病発症のリスクが上昇
研究開始から5年後に行なったアンケート調査の結果を用いて、肉類の摂取量により4つのグループに分類し、その後5年間の糖尿病発症(男性681人、女性497人)との関連を調べました。糖尿病の発症は、研究開始10年後に行った自記式調査で、上記追跡期間内に糖尿病と診断されたことがある場合としました。分析にあたって、肉類摂取以外の糖尿病発症に関連する要因(肥満度、喫煙、飲酒、身体活動、高血圧歴、コーヒー摂取、糖尿病の家族歴、マグネシウム摂取、カルシウム摂取、米摂取、魚摂取、野菜摂取、清涼飲料摂取、エネルギー)の影響をできるだけ取り除きました。
その結果、男性では肉類全体の摂取量が多いグループ(約100g/日以上の群)で糖尿病発症リスクが高くなりました。摂取量が最も少ないグループに比べ、最も多い群では糖尿病のリスクが1.36倍高いという結果でした(図1)。一方、女性では肉類摂取と糖尿病発症との関連はみられませんでした。
牛肉や豚肉の摂取により糖尿病発症のリスクが上昇
次に、肉の種類により分けて分析をしたところ、男性において、赤肉(牛肉・豚肉)の摂取は糖尿病リスク上昇と関連していましたが、加工肉(ハム・ソーセージなど)および鳥肉の摂取は糖尿病リスクとの関連はみられませんでした(図2)。女性では、いずれの肉類についても糖尿病発症との統計学的に意味のある関連はみられませんでした。
今回の研究では、男性において、肉類、特に赤肉の摂取により糖尿病発症のリスクが上昇する可能性が示されました。その理由として、肉に多く含まれるヘム鉄や飽和脂肪酸、調理の過程で生成される焦げた部分に含まれる糖化最終産物(AGEs)やヘテロサイクリックアミンのインスリン感受性やインスリン分泌に対する悪影響が考えられます。これまでの欧米の研究においても、男性では一貫して肉の摂取と糖尿病発症の関連が報告されています。しかし、女性においては一致した結果は得られておらず、アジア(中国)の研究では、逆に肉の摂取により糖尿病のリスクが低下したという報告もあります。本研究においても、女性では肉の摂取による糖尿病発症リスクの上昇はみられませんでした。また、ハム、ソーセージなどの加工肉摂取については、最近報告されたメタ解析(多くの研究を統合した解析)の結果において、糖尿病リスク上昇が報告されましたが、本研究ではそのような関連はみられませんでした。これは、日本人の加工肉摂取量が欧米に比べて少ないためと考えられます。鳥肉については、糖尿病発症との関連について一致した結果は得られておらず、さらなる検討が必要です。
今回の研究では、全対象者に実施された食物摂取頻度アンケート調査から、各グループの1日当たりの肉類摂取量(中央値)を算出すると、最も少ないグループは、男性では23g、女性では20g、最も多いグループは、男性では108g、女性では94gでした。これらの値は、対象者の一部に実施されたより直接的な食事記録調査から算出された値と対比すると、男性では7~22%、女性では3~16%少なく見積っています。
多目的コホート研究などで用いられる食物摂取頻度アンケート調査は、摂取量による相対的なグループ分けには適していますが、それだけで実際の摂取量を正確に推定するのは難しく、また年齢や時代・居住地域などが限定された対象集団の値を一般化することは適当とは言えませんので、ここに示した摂取量はあくまで参考値にすぎません。